ここ最近、ほとんど目にすることがなくなった言葉に「食料自給率」があります。数年前のTPPへの参加是非で大騒ぎだった頃には、日本の農業が壊滅するだのと激しい論争が戦わされましたが、そのTPP反対派の拠り所になっていたのが、食料自給率でした。食料自給率を改善するには、農業従事者の増加に加え、農業従事者の若返りが急務ですが、職業としての農業は若者からは見放されて久しく、今後農業に飛び込んでくることはほとんど期待できないでしょう。
農業、畜産業に代表される第一次産業の人気が無いのは、最先端であるようなイメージもなく、どこかカントリーを感じさせる雰囲気、なによりきつい肉体労働であること、そしてほとんど儲からないことなど、若者が魅力を感じる要素がほとんどない職業だからです。
元々社会が発展するに従い、第一次産業就業者から高付加価値産業と言われる職業従事者のシフトが始まるのが経済学の定石ですが、人が生きていく上で絶対に無くならない、「食べる=エネルギー補給」という最も根幹部分を供給する産業が壊滅寸前というのは、国家にとって憂慮すべき事態ではないでしょうか。
ここ数年で注目されることが多い大間のマグロ漁師なども高齢化は深刻です。一本釣り上げたら百万以上の実入りがあると言われていますが、そのようなケースは稀で、入漁期間や漁獲量の制限、操業できるのは天候次第などの収入の不安定さ、荒海に出て操業する危険と隣り合わせの職業であり、若者に人気があるとは言えません。これら第一次産業を人気の職業にすることはできないでしょうか?
ここでは農業を中心に、若者が続々と飛び込んでくるような策を考えてみたいと思いますが、わかりやすいのはネガティブに感じる部分を払拭することです。
まず、きつい肉体労働である点ですが、GPSやAIなどのITによる農業機器の発展で、機械化できる範囲が確実に増えており、以前よりはきつさは緩和されてきています。特に労働集約型の仕事のきつさ度合いは、得られる対価によって変わってきます。後述する方法で農業が儲かるビジネスに変貌すれば、労働の対価として高額な報酬が期待できる高収入職業ということになり、きついから従事しないというマインドは希薄化されることになります。
次にほとんど儲からないという点についてですが、農業が儲からない要因は大きくわけて2つあります。一つ目は、生産者に価格決定権がないことです。価格は需要と供給のバランスで決まりますが、農業にはこの図式が当てはまりません。製造業であれば標準小売価格(またはオープン価格)は生産者が決めます。しかし農業は、JAを通して出荷することがほとんどで、その場合は一括してキロ○○円という形で買い付けられることになりますが、その際の買値は、買い付け側が市場の状況を見て決めることになります。生産者が○○円で売るという希望が反映されることはありません。
このような仕組みができあがったのは、農家が個別に営業(販売)する機能を持たなかったため、地場のJA(旧農協)が農家をとりまとめて営業機能を一手に引き受けたことにあります。営業だけでなく、農家を支援するという大義の下で、農家にとって面倒な業務である、物流(市場までの配送)、金融(現金化)業務も代行し、さらには農業指導、共済事業や物販まで担うようになり、JAに任せておけば大丈夫というような広範囲なサービスを提供するようになりました。これによって、農家は生産活動に集中できるようになりましたが、その代償として価格決定権を放棄(JAに委ねる)することになったのです。
JAでは生産した物を、基本的には総量買い付けするので、生産者は在庫や売れ残りの心配が無いことなどのメリットがありますが、極めて安く買い付けられてしまうこと、一括して同価格での買い付けになるので、個々の農家が努力して品質のよいものを生産したとしても、その努力や工夫が報われないという結果になり、農業を儲かりにくい産業にしてしまいました。実際に、最終的な小売価格は小売業が店に並べる値段となりますが、生産者が出荷した価格よりも数倍以上の価格が設定されることになります。
もう一つは、日本の消費者の知識不足があります。国内の農家が育てた農産物は、諸外国産の農産物に比べて格段に安全で高品質であることの実態を知らないと言うことです。単に無農薬や有機農法ということではなく、農産物の生産に欠かせない豊かできれいな水、汚染が極めて少ない空気や土壌がもたらす環境が、日本の農産物の品質を高めることにつながっています。しかしコストに敏感な消費者は、国産よりも価格の安い(農水省の基準を満たした農薬や肥料を使用した)外国産の農産物が大多数を占めるようになっています。国産は「良い品物であるが高い」という部分の、「良い品物」のレベル感が外国産とは比較にならないということなのですが、日本の消費者はその点を理解して高い国産を買えばよいのですが、そうはならないでしょう。
この2点をクリアすることができれば、日本の農業は一転して儲かる産業に変貌することになります。その方法とは、生産者がJAなどを通さず直接販売すること、そしてその販売先として海外の富裕層をターゲットにすることです。直接販売(直販ルート)は手間がかかりますが、価格決定権は生産者側にあり自身の生産した農産物の品質に見合った価格設定が可能になります。
また、海外の富裕層は日本の高品質な農産物のことを日本人以上に知っており、高い価格設定でも喜んで買っていきます。まずは、中国の富裕層をターゲットにするとよいでしょう。一説には中国には3000万人以上の富裕層といわれる人たちがいると言われています(日本の人口の25%に匹敵する富裕層が存在しているというのは驚くべきこと)。彼らは自国で生産される農産物の危険性を知っており、ほとんど口にしないといいます(自国の農業環境は、土、水、空気のすべてが汚れており、そこで生産される農産物は危険だという認識)。その点、日本などで生産される農産物は安全高品質なので、プレミア価格で取引され富裕層や高級レストランに運ばれているのです。その量は富裕層の需要には全く対応できていないので、中国人バイヤーが日本で直接買い付けることもあり取引価格は過熱気味です。
例えば、日本の和牛は中国でも大人気で高い価格で取引されています。しかし、日本から中国へは牛肉の輸出はできません。これは過去のBSE騒動の名残で、中国政府が全面的に輸入禁止措置をとっているためですが、中国の食肉マーケットには日本産和牛が並び、高級レストランでは”WAGYU”は人気食材になっています。輸入制限を回避するために、日本からカンボジアに輸入し、そこから中国に持ち込むというルートで取引されます。この方法では物流コストは跳ね上がることになりますが、安全で美味しい日本の食材には金を惜しまない、それが富裕層の考え方なのです。
このように農家が海外の富裕層向けに直接販売していくことで、日本のJAに出荷するよりも遥かに高く販売することができるようになります。直販はインターネットでの販売により、誰でも容易にできるようになりました。物流は現代の物流業者のルートに乗せてもよし、海外専門の買い付け業者に直接販売する方法もあります。これらの方法で、日本の生産者が「直接」「海外の富裕層(またはバイヤー)」に販売することを始めれば、現在の数倍から十数倍の収入を得ることが可能となり、一気に儲かる産業に変貌します。そうなれば新しく若い人たちが農業に目を向け始めるかもしれません。
なお、農地のある田舎でしか就業できないという点もネガティブですが、今後の働き方改革でのテレワークの拡大で、都心で仕事をすることの意義はこれから希薄化していくでしょう。そうなれば田舎で就業することが強いデメリットではなくなります。デジタルネイティブな若者達が、サイバー上のコミュニケーションツールをフル活用し、相互にやりとりされる情報は物理的な距離を克服して、全く新しいアグリビジネスの姿が生まれてくるかもしれません。
日本の農業は今のままでは、担い手の不在で自然消滅していく運命でしょう。日本の消費者の財布の紐は固く、賃金も上がらない状態では、農業を儲かる業態に変貌させるほどの値上げは許さないでしょう。もう日本の消費者の需要量や購買力では、衰退する農業を救うことはできないのです。日本の安全で高品質な農産物の価値を本当に知っているのは、自国が水不足や公害に悩まされている海外の目利き達であり、日本の消費者自身が日本の農産物の本当の価値をわかっていないというのは実に皮肉なことです。日本の農産物のほとんどが海外で売られ、日本のスーパーの棚にはTPPで安くなった外国産農産物が並ぶ、そのようなある意味ブラックな世界がまもなく現実になることでしょう。
マンデー
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