2019年6月某日、ツイッターにとある女性のツイートが流れてきた。
そこには、自分の夫が育休明け2日目で翌月付の関西転勤を命じられたことに対する妻の怒りが書かれていた。自宅も新築したばかりで、子供の保育園入園も決まっている等、まるで「被害者」であるような書きぶりであった。
当該ツイートのコメント欄には、企業に対する批判がリアルタイムに殺到。発信者である妻がその企業のキャッチコピーをコメント欄に書き込んだことにより、発信者の夫の在籍会社名が判明。ツイートの拡散は勢いを増した。その後、企業側の対応が火に油を注く結果を招き、大炎上。様々なメディアでこの炎上騒ぎは取り上げられ、当該企業の株価は年初来安値まで下落する騒ぎとなった。
今回炎上のきっかけとなった転勤の内示は、SNS上でパタニティー・ハラスメント(通称パタハラ)だと指摘を受けていた。パタハラとは、男性社員が育児休暇やフレックスタイム制度などを取得し、子育てに参加することを妨げる企業側の行為のことだ。しかし両者の主張には食い違いもみられるため、実際にこの事件がパタハラに該当すると断定することは難しい。
厚生労働省が示すハラスメントの判断基準(※1)によると、「平均的な受け手(労働者)の感じ方」にあるとされている。何をもって「平均的」と判断するかは曖昧だが、ハラスメントと判断される可能性は、行為を受けた本人ではなく「平均的な受け手」がどう感じたかによってがあるという点に、企業側は注意が必要だ。 今回の件であれば、仮に内示を受けた本人が転勤を気にしていなかったとしても「平均的な受け手」が不当だと感じれば、不当な行為とみなされる可能性がある。そして、近年この「平均的な受け手」は、こうしたハラスメントにとても敏感だということを、企業側は熟知しておく必要がある。
厚労省が2019年6月に公開した、労働者と企業のトラブルを裁判に持ち込まずに迅速に解決する「個別労働紛争解決制度」の2018年度利用状況によると、全体の労働相談件数は26万6535件(前年度比5.3%増)と過去最多。その内、パワーハラスメントを含む「いじめ・嫌がらせ」の相談が8万2797件(同14.9%増)で7年連続で最も多い結果となっている。(※2)
相談数が増え続けている要因は、ハラスメント自体の増加ではなく、受け手側の変化によるものと考えるのが妥当だろう。2020年4月から大企業にパワハラ防止措置が義務付けられたことに前後し、従業員側がハラスメントに関する知識を得る機会が多くなり、気軽に相談しやすい環境も整いはじめている。パタハラに関しては、近年の「イクメン」ブームにより男性の育児参加が積極的になっていることも相談件数の増加を後押ししていると考えられる。
とある企業の管理職からは「もはや何がハラスメントになるかわからないので、怖くて部下とどう接していいか分からない。」と、嘆きが聞こえてくる。確かに、こうした風潮を逆手に取り過剰にハラスメント行為を主張する社員は、企業にとっては悩みの種だ。しかし、一度従業員にハラスメントを主張されると企業側は無視することもできない頭の痛い時代となった。
今回の炎上事件を例にとると、企業側の主張通り適切に社員の配置転換を行った場合も、指示を出す上司に対して、指示を受ける部下やその家族が不当だと叫べば、対応が必要になる。ハラスメントは、ある種上司と部下のミスコミュニケーションが顕在化したものと言える。
このミスコミュニケーションを防ぐために、上司と部下は今まで以上に信頼関係を確実に築かなくてはならない。人が相手を不当だと叫ぶとき、ベースとなる感情は相手への不信感であることが多いからだ。
逆に、相互の信頼関係ができていれば、多少無理な打診があったとしても、部下は何とかして応えようと思うものだ。現に私の知人は、上記の事件とほぼ同様の条件で四国から都内へ単身赴任をした。彼はマイホーム建築中に単身赴任が決まり、念願のマイホームへ足を踏み入れたのは、実に自宅完成後の5ヶ月後だった。しかし、その異動を、キャリア上のチャレンジと前向きに受け止めており不満はなかったと言う。これは企業側と従業員のコミュニケーションが機能している好例と言える。おそらく彼の上司は、彼の性格やキャリア志向を踏まえ、異動の必要性やその理由を明確に伝え、彼の質問や不安に対しても明確に対応することができていたのだろう。こうした納得度の高い上司の対応があれば、部下には訴えようと言う気持ちなど微塵も起きないはずだ。今後一層、管理職層は、指示やメッセージを相手の腑に落とすコミュニケーションが必要となってくる。
一方、上司側の努力だけで、部下が今までと変わらないままでは、ミスコミュニケーションの削減には繋がらない。部下は上司に対して、自分の意思を明確に示すことが必要だ。分からないことを、分からないと正直に伝えること。無理な注文に対しては、無理と伝えつつ、可能な限り代案を示すこと。意見を表明して初めて相手が気づくことが多々あるものだ。また、意見表明をする際は、相手に不快感を与えぬようアサーティブに伝えることも必要だ。日々接する上司も人間である。不快な行為を敢えて引き出さないためにも、部下側もやるべきことがあるということを認識しておきたい。
双方こうしたコミュニケーションを取る方が良いことは頭ではわかっているはずだが、常に誤解なく完璧なコミュニケーションができている上司と部下は稀である。まずは、ミスコミュニケーションを起こす可能性を少しずつ減らすことを意識すべきだ。
そのために必要なのは、想像力だ。自分が部下から訴えられるのではないか、上司から怒られるのではないか、そうした自己防衛心は恐怖となり行動を妨げる。恐怖はFor meの感情だ。この恐怖を乗り越えるには、考え方をFor youにシフトしなくてはならない。自分の発言や行動が受け手にどういう影響を与え、どういう感情を湧きあがらせるのか。そうした受け手の感情に想像力を働かせるFor youなコミュニケーションを取ることができれば、互いにハラスメントとは無縁な環境を築けるはずだ。
ハラスメントは企業にとっても従業員にとってもあってはならない行為だ。撲滅のためには、ハラスメント研修などで知識を得ることも大事だが、まずは今から意識して想像力の「筋トレ」を始めてはいかがだろうか。 「言葉を少しだけ変え、情景を想像する意識を持ち、自分の中身を豊かにしていくこと」で、想像力が鍛えられると、前リッツカールトン日本支社長の高野登氏は、著書(※3)の中で述べている。
想像力は高等なスキルやテクニックではないが、筋肉と同じで、すぐには身につかない。しかし、多種多様な人物や出来事への思いを馳せ、日々のコミュニケーションの中でトライアンドエラーを繰り返すことで、誰もが育むことができる。企業と従業員が末永く健やかに働くために、是非今から想像力を鍛えておくことをお勧めする。
KM2
参考
※1:「セクシュアルハラスメント対策に取り組む事業主の方へ 全体版」(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf)
※2:「パワハラなど8万件、7年連続最多 18年度の労働相談 日本経済新聞 2019年6月26日」 (https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46618110W9A620C1CR8000/)
※3:「リッツ・カールトン至高のホスピタリティ 高野登(角川oneテーマ21)」
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