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共感が競争力を生む時代

 企業を取り巻く環境は、およそ20年で増々先を見通すことが難しくなってきている。2000年代に入り、インターネットを中心としたIT革命によって産業構造が劇的に変化し、そして現在においては、世界規模の新型コロナウイルスによりこれまでの常識が通用しなくなるといったセンセーショナルな状況がそう思わせているのではないだろうか。世の中の環境変化のスピードが速く、先の見通しがつきづらくなっている状況のなか、企業経営にはイノベーションを起こすことが急務とされている。だが、イノベーションという言葉がお題目の様に使われ、その実態も起きる源泉も捉えづらいものとなっている。
経営学の権威であり、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は著書の『共感経営』の中で、組織でイノベーションを生むには”共感経営“が求められ、それを牽引する“共感型リーダー”が必要になると説いている 。そもそも著書で使われている“共感”という言葉に触れておくが、「人間と人間との間に起きる“共感”がベースとなり、対象がモノであり、モノと全身全霊で向き合ってアクチュアリティの世界に入り込み、物我一体の境地でそのモノになりきり、本質を直観すること 」としている。これらの一連のプロセスがイノベーションの源泉となり、世間に受け入れられる商品やサービスを生むために重要であると述べている。次に著書で紹介されている“共感型リーダー”の事例についてみていきたい。

 

<ファーストリテイリング 柳井正会長兼社長>

 

「柳井氏は(20代で小群商事に後継として入社後)アメリカへ視察に出かけた際に、大学生協に立ち寄りました。学生が欲しいものをすぐにでも手に入れられるような品揃えとセルフサービスに目を引かれます。『売らんかなという商業的な臭いがしないし、買う側の立場で店づくりがされている』と感じた柳井氏は、本屋やレコード店と同じようにすーっと入れて、欲しいものが見つからないときは気軽に出ていける。こんな形でカジュアルウェアの販売をやったらおもしろいのではないか」と、カジュアルウェア販売の本来あるべき姿を直観します。つまり、セルフサービスは、従来、売り手側のコスト削減が目的とされてきたのに対し、柳井氏は顧客の視点に立ち、顧客に共感するなかで直感し、セルフサービスを新たに意味づけ、価値づけし、「お客様の要望としてのセルフサービス」こそが理想のあり方であるという跳ぶ仮説を導き、これを「ヘルプ・ユアセルフ方式」という概念で示しました。
(中略)ユニクロ一号店は、店内の通路がまっすぐ幅広くとられ、天井はコンクリートの軀体むき出しのまま高くして空間を広くし、店内ではいつも商品が整然と並べられて適時に補充され、販売員は挨拶は徹底するが、接客はせず、顧客から質問されたり依頼されたときにだけ適切な対応を行う。また販売員は作業がしやすいようにエプロンを付け、誰が販売員かがすぐわかるようにする。
すべてが既存のファッション専門店にはなかったことで、「買う人の立場で店をつくる」という視点が徹底され、「買いたくなる店」=「よく売れる店」という考え方が貫かれていました。
また扱う商品も、ファッション至上主義やトレンド追随から脱し、対象顧客をノンエイジ、ユニセックスとし、男女の別なく、いつでも誰でもどこでも自由に着られるベーシックな商品に重点を置きました。まさにカジュアルウェア販売のイノベーションでした。」

 

上記の事例を通して“共感型リーダー”に必要とされるポイントは、①自社のサービスを享受する顧客に全身全霊で共感し②どのようなことが求められているかの仮説を立て③未来に向かって新しい歴史を構想することであるとしている。歴史の中に身を置きながら、事象の背後にある文脈を読み解き、論理分析では導くことのできない新しい未来を想い描くことでイノベーションを起こした事例である。

 

次にここ最近、この“共感”という考え方は、サービスや商品開発といった対社外だけではなく、対社内のマネジメントの文脈においても 必要であるという議論がなされている。それは組織メンバーをマネジメントする立場である”マネジャー”の観点からである。現在の新型コロナウイルス禍において、ハイブリッドな環境(オフィス、自宅、その他が選べる)での働き方が当たり前となっているなか、マネジャーとしての役割が再定義されつつあり、マネジャーから部下やメンバーへの“共感”が大事になってくると、ガートナー社(英)の研究で述べられている。その背景として以下の3点が挙げられている。

 

1. リモートワークの状態化
→従業員とマネジャーの双方が分散的に働くようになり、互いの関係が非同期になっている。ガートナーの推計によると、マネジャーと従業員との関係の70%以上において、どちらか一方が少なくとも一部の時間はリモートで仕事をすることになる。従業員とマネジャーが同じ時間に、同じ仕事に取り組む機会が減少するということだ。マネジャーは従業員の日々の実態を視認することが極めて困難になり、プロセスではなく成果を重視する様になるだろう。

 
2. 従業員を管理するテクノロジーの利用が加速
→4社に1社以上の企業が、パンデミック下でリモートの従業員を監視するための新たなテクノロジーに投資している。スケジュール管理ソフトや人工知能(AI)を活用した経費報告書の監査ツール、AIがマネジャーのフィードバックを代替する技術などだ。
企業が注目しているのは、テクノロジーによる従業員のタスクの自動化だが、テクノロジーはそれと同じくらい効果的に、マネジャーのタスクを代替することが可能だ。極端な場合、2024年までに仕事の割り当てや生産性の推進など、マネジャーが従来行ってきた業務の69%を新しいテクノロジーが代替する可能性がある。

 

3. 従業員の期待の変化
→パンデミックの中、企業がメンタルヘルスや育児などの分野における従業員への支援を拡大したことで、従業員とマネジャーの関係はより感情的で、協力的なものへと変化し始めている。知識労働者は、マネジャーが従業員体験だけでなく、人生の体験を向上させるサポートシステムの一部を担うことを期待している。

 

これらの3点の背景により、ガートナー社では、今後は部下やメンバーの行動を目で見て業務パフォーマンスを管理することから、彼らがどう感じているかを理解することが重要となり、マネジャーにとっては部下やメンバーの機微を察知できる“共感”の必要性を説いている。
確かに、ただでさえ日本国内でも人材におけるキャリアパスの多様化が進み、従業員の組織に対するエンゲージメントを維持し続けることが難しくなっているなか、新型コロナウイルス禍によりメンバーと物理的に一緒に働く時間の減少が拍車をかけることで、組織に留まって成果を上げる人材に育て上げることがより困難になってくる。長期的にみると、企業競争力の低下に繋がりかねないことが予想される。

 

“共感型マネジャー”は先で述べた“共感型リーダー”と状況や期待されることは異なるが、“共感型リーダー”のポイントを当てはめて考えてみると、①部下やメンバーに対し、担当業務や置かれている状況に全身全霊で共感し②スキルやマインドの成熟度、またそれぞれの立場を考慮することを含め、心の機微における仮説を立て③短期・中長期の育成目標に対して、どのように伴走していくかを構想する、ことが必要になってくるのではないか。

 

 これまで述べてきた様に、企業経営に求められる2つのタイプの“共感”は、考え方や捉え方は異なるが、いずれにしても、環境変化の激しいこれからのビジネスの世界では、常に新しいものを生み出すイノベーションが求められ、それが競争力の源泉となる。 その源泉を支える力として“共感”が求められるというのは納得感があるのではないだろうか。そうであるとすると、次に 「“共感”を養うにはどうしたらいいのか?」といった疑問が浮かび上がる。日本では引き続き新型コロナウイルスの影響により、人との接触が限定されている。こと働く環境においては先述のハイブリッドな働き方が進んでいるなか、本質を直観できるだけの“共感”をインプットとして自身の中に蓄えておくことが重要になってくるだろう。それは組織内にて多様な部下やメンバーへの心の機微を捉えることで、様々な事象に対する共通項が溜まっていくと考えるからである 。部下の多様性によって“共感”が養われる機会が多いとすると、そういった側面からも今後の企業経営におけるダイバーシティの重要性はますます高まっていくことに繋がるだろう。これらの点に注視しつつ、今後もビジネスの世界における“共感”の重要性を研究し続けたい。

 

deer

 

出典:

『共感経営(日本経済新聞出版)』野中郁次郎・勝見明

『Harvard Business Review(ダイヤモンド社)』

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