2021年は、世界中で環境意識が本格的に加速しはじめた年として、後世に記憶されることになるでしょう。COP-26では「1.5℃目標の公式文書への明記」や「先進国による途上国への資金援助は2025年に向けて目標達成のためのさらなる努力を続ける」など、先進国は温暖化ガス排出の戦犯としてその振る舞い方が注視されています。日本は石炭を燃料にした火力発電比率の高さが世界でも問題視され、「化石賞」といった不名誉な賞をもらってしまいました。
そんな中で、温室効果ガス対策の重要施策となっているのがモビリティの温暖化ガス排出ゼロ化、つまりモビリティの電動化です。ボルボは2025年までに新車販売台数の約50%をピュア電気自動車(EV)とし、残る約50%をハイブリッド車(HV)にすることをコミットしています。また、メルセデスベンツは2030年までに全新車販売を完全電動化(バッテリーEV化→BEV)し、その実現のため400億ユーロ(約5.2兆円)を投資するとしています。これから世界一の自動車生産国になるであろう中国では、2035年までに全ての新車をEVやHVに切り替える方針を明らかにしています。日本では、ホンダが2040年までに世界での新車販売全てをEVと燃料電池車(FCV)に切り替え、HVも含め走行中に二酸化炭素(を排出する新車販売をやめると発表しました。これらの温暖化対応策に対して、報道も激情的で、「エンジン車は2030年から売ることができなくなる」「電動化競争に乗り遅れた自動車メーカーは市場から退場することになる」など、危機感を煽ることで世論を形成しようとしています。
EVの中でもバッテリーによる電動車(BEV)の普及のポイントは、一にも二にも電池にあるということは周知の事実です。解決すべき課題は、充電時間、航続距離(電池容量)、重量、安全性の4点ですが、ガソリン車並みの車両価格と一度の充電での走行距離を実現すること。また、充電設備の拡充を含めた電力供給の方法に目途が立てば、もはやガソリン車に生き残る道はないでしょう。
では、BEV普及の要となる電池の開発はどこまで進んでいるのでしょうか?一般的に入手可能な情報を用いて、掘り下げてみたいと思います。
一般的に「電池」とは、物理電池と化学電池に分類され、さらに一度しか使えない一次電池、繰り返し充放電が可能な二次電池に分かれます。また、燃料となる物質を加えると電気を起こす燃料電池もあります。
このうち、車載用に適しているのは、充放電ができる二次電池か、補給した燃料から電力を取り出す燃料電池ということになっています。燃料電池は、燃料補給して何度でも使えるのに対し、二次電池の寿命は、その物質の特性もあって多くても充電1500回程度が限界だと言われています。
現在の車載用電池の本命は、二次電池の代表格であるリチウムイオン電池(LiB)です。LiBは、リチウム原子内のプラスイオンが正極と負極の間を移動することで、充電と放電を繰り返します。電池の大部分を占める電解質には、ゲル状のリチウムポリマーが使われているため、半固体電池といわれています。ゲルは半液体なので温度による体積変化が大きく、高温になるとケースを破って破裂したり発火したりすることがあり、これがLiBの不安定さの要因となっています。また高温での作動が難しいので、急速充電にも向きません。
このゲルの不安定さを解決すべく、電解質を固体にしたのが全固体電池で、車載用電池の近未来の本命だと言われています。電解質の固体化は簡単ではなく、特に正極と負極の極材と均一に密着させることが難しいため、接触面をいかに多くとるかが技術開発の肝になっているようです。なお、全固体電池が実用化されれば、電池の性能が飛躍的に向上するように報じているメディアもありますが、これは間違いです。電解質を半固体から固体にするメリットは、電池の安定性が向上すること、体積が小さくなること、高温での作動が可能なので急速充電に向いていることが主なメリットです。体積が小さくなるため、同じ大きさであれば全固体電池のほうが容量は大きくなりますが重量は重くなってしまいます。
電池の性能は正極と負極、電解質の素材の化学的な特性ですべてが決まるので、リチウムイオンが効率よく正極から負極へ移動できる物質を見つけることが性能向上のカギになります。世界中の技術者が、電池に適した特性を持つ物質探しに躍起になっていますが、どんなに技術を駆使しても、物質がもつ本来の化学的特性を変えることはできません。せいぜいいくつかの物質をブレンドして性能をわずかに向上させる程度です。
BEVの課題の一つに航続距離があります。電池の性能が飛躍的に向上しない限り、航続距離を伸ばすには電池を大型化するしかありません。国産BEVでは日産LEAFが有名ですが、LEAFはバッテリー容量が40kWhと62kWhの2つのモデルがあります。カタログ上の航続距離はそれぞれ322km、458km、車体の総重量は1795kg、1955kgで、約130kmの走行距離を稼ぐために、160kgの電池を追加しています。車重が重くなれば走らせるエネルギーも多くなるので、「電費」は悪化します。また電池が大きくなれば、充電時間も増えることになり、急速充電にかかる時間は約40分、約60分となっています。
このように、現状のLiB(全固体電池などの改良型も含む)では、BEVを実用的に動かすためのエネルギー源としてはまだまだ十分ではなく、次世代電池の発明と実用化が待たれているのです。
LiBに変わる新しい電池の開発も着々と進んでいるようで、新聞紙上でも画期的な発明としてちょくちょく記事を目にします。例えばLiBをしのぐ大容量を実現できるとする「リチウム硫黄電池」などがこれにあたります。リチウム硫黄電池は、性能を高めるために毒性の強い硫黄を使っていますが、硫化水素が発生するリスクがあります(硫化水素は400 ppmを超えると生命に危険が生じ、700 ppmを超えると即死すると言われています)。電池として特性的に優秀な物質だったとしても、様々な化学的なリスクが隣り合わせになり、車載用として実用化するにはまだまだ時間がかかりそうです。
一方、電池をビジネス観点から見てみると、あまり儲からないというビジネス特性が見えてきます。電池は正極、負極、電解質などの化学物質とそれらを貯蔵するケースから構成されます。この化学物質の調達コストで価格が決まってしまい、技術開発や創意工夫による付加価値を価格に転嫁するのが難しい商品です。乾電池のように同じ仕様(形状、容量)の電池を大量に生産するのであれば、生産効率もあがるでしょうが、車載用の電池は、自動車のデザインに合わせて、その形状をカスタマイズすることが求められ、それぞれのクルマに応じた電池を在庫しなくてはならなくなります。これには開発に手間がかかるうえ、在庫管理も難しくなります。車載用として様々な管理デバイスを電池に内蔵して、付加価値をあげるということはできそうですが、それにしても電池ビジネスの本質である、化学物質がすべてというビジネス特性からは脱却できません。電池ビジネスは薄利多売ビジネスにしかならないので、パナソニックもLGケミカルも利益をだせるようになるまでに、相当な時間がかかりました。
このように、車載用の電池というのは、化学物質があれば誰でも製造できるので、薄利多売による過当なコスト競争にさらされることは目に見えています。素材の価格は基本的にはどこでも同じなので、製造にかかるコストをどれだけ削れるかの勝負になり、付加価値を上げる要素がほとんどありません。あまり美味しいビジネスではなく、労働コストの安い国で生産することになる典型的な商材といえるでしょう。
電池のことを調べていくと、まだまだ多くの難問が残っており、それらを解決できなければ、全車BEV時代の到来は難しいと感じます。技術的な問題は今後数年で解決されるだろうというのは、かなり安易な予測に基づいた論調だと言わざるを得ません。
テスラや日産のリーフのように、「すでにEVが走っているじゃないか?」という声もあるかと思いますが、テスラは走行距離を稼ぐために多くの電池を搭載しており、大きく重いクルマになっています。日産リーフも同様です。大きく重い電池を搭載するということは、化学物質の使用量が比例して増えることになり、全車BEVになって時の電池供給の心配がでてきます。例えば現在の半分の大きさで、同程度の容量を確保できる電池ができれば、問題はかなり解決しますが、実用化の目途は立っていないのです。
こういった難題を解決することができるのか?2030年前後のエンジン車ゼロ化のコミットメントを守れるかは、これからの技術開発次第です。
EVは、移動という活動のための温暖化ガスをゼロ化するための重要なテクノロジーですが、まだまだ開発途上で、世界中のモビリティを代替するほどのデバイスにはなり得ていないようです。当面の間は、本来の目的である温暖化ガス削減に対して、消費者一人一人が、できるだけ温暖化ガスを排出しない手段を選択する方向に舵を切るしかないのでしょう。仮にEV化が進行したとしても、個人でのモビリティの占有はできるだけ避け、公共性の高いモビリティを利用することで、エネルギー効率の向上に貢献できるようになります。このことは、これまでの便利さを捨てることになり、不便を強いられることになるでしょうが、地球環境を破壊してまでも便利さを享受する時代はとっくに終わっているのです。
マンデー
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