縄文人よりも現代人の方が脳の容量が少なくなっているという。なるほどと納得した。
科学の発展が人類にもたらした恩恵のひとつに移動の自由がある。20万年前にアフリカで生まれた私たちホモサピエンスは、6万年前から地球上のあらゆる場所に拡散してゆく。グレートジャーニーと称される遥かな旅路へのモチベーションは、科学を発展させ、移動の自由を拡大する原動力となった。
とりわけこの百年の変化はすさまじかった。ほんの百年前に何日もかけて旅をしていた場所に、今では数時間で行けるようになったし、何ヵ月もかけて渡航していた国にも、今では一日とかけずに行くことができるようになった。
移動の自由を拡大させた現代のホモサピエンスは、見知らぬ世界を空想しなくても、労せず確かめることができるようになった。それどころか、生身の自分を移動させずとも、地球の裏側を見ることさえできるようになった。視覚や聴覚だけ移動させる自由まで獲得した私たちは、空想する力に頼らずとも、すぐに答えを得られるようになったのだ。
瞬時に地球上のあらゆることを知ることができるようになった今日、地球は狭くなり、人間が空想する力を働かせる余地もまた狭くなった。
4万年前に絶滅したとされるネアンデルタール人は、互いに目の前にあることしか共有できなかった。実際に居合わせていなければ伝えることができなかった。そのため、遠くの原野に獲物の群れを見つけても、仲間に伝えることができないし、近くの森に危険な生き物を見つけても、仲間に警告することができなかった。
一方、ホモサピエンスは、実際に居合わせていなくても、獲物や危険な生き物の存在を空想する力で共有することができた。グレートジャーニーも、見えない世界を空想し、共有することで実現したのではあるまいか。ホモサピエンスは空想する力を使って生き延び、地球上に君臨してきたのだ。
神話も通貨も、国家も企業も、ホモサピエンスがつくってきたフィクションだが、フィクションを信じることで現実の世界を動かしている。どれも空想する力の産物だ。
ホモサピエンスの空想する力は、手紙というコミュニケーション手段も発明した。紀元前数千年前のことだ。古代エジプトの遺跡から最古の手紙の痕跡が発掘されている。そして、手紙というコミュニケーション手段もまた地球上に拡散してゆく。
その手紙だが、戦国時代の史実を紐解くと重要な役割を担っていたことが窺える。手紙のやり取りだけで相手の心情を洞察し、決断し、交渉し、まだ見ぬ人をも動かしていた。実際に居合わせることなく、空想する力で戦局を組み立てていたのだ。移動が不自由だったかの時代、直接会うことは必ずしも前提ではなかったようだ。多くのことを瞬時に知ることができ、簡単に人と繋がることができるようになった現代人から見れば、気が遠くなるような仕事ぶりだ。だが、その時代の人々には、それができた。
私たちは今、コロナ禍によって、移動の自由を奪われている。リモートワークが広がる一方で、不安に苛まれる人が増えている。ある調査によれば、回答者の8割近くが職場で直接会えないことに不安を感じているという。部下が、仲間が、今何をしているのか分からなくて不安になるらしい。自分がさぼっていると思われているかもしれないと不安になるらしい。いくらググっても不安は募るばかりだ。
現代人はいつのまに、かくも脆弱になったのだろうか。移動の自由の獲得は、同時にホモサピエンスの空想する力を劣化させてきたのかもしれない。劣化した空想力が現代人を不安にさせるのだ。
そう言えば、リモートワークの進展と同期するように、エンゲージメントとか、パーパスとか、インテグリティといった言葉がバズワードになっている。関連する文献を調べると、どれも人と人との関わり方を示唆する概念で、新しい発見はどこにもない。このような概念がもてはやされるのも、劣化した空想力が不安にさせるからだろうか。
現代人は、決断ができなくなっているという。問えば瞬時に答えを得られるにも関わらず、決断ができないという。それどころか、手に入れた答えを目の前にして、不安になってしまうという。それが答えだと言われても、その先を空想できないからだろう。
現代人は、性欲も弱くなっているという。性欲のもとになる感情は好奇心だ。つまりは、好奇心が足りないのだ。好奇心は空想する力のもとでもある。
現代人は、スマホとコンビニさえあれば暮らしてゆけると思っている。事実、そうなのかもしれない。それらのない世界では、もう暮らしてゆけないだろう。
机の上で答えを探す。黙々とそんな仕事を繰り返す。従順で傷つきやすい。人間関係ばかりを気にし、何も決められない。好奇心もなく、未知の広い世界への関心もないから冒険もしない。冒険をすれば叱られると思っている。子どもは欲しいと思うが性欲はない。性欲がなくとも子どもを授かる術はある。だが、子どもを育てる自信はない。そんな現代人に、地球上に拡散してきたホモサピエンスの面影は見出せない。
ホモサピエンスを絶滅させるのは、戦争でもなければ隕石でもないだろう。気候変動でもなければウイルスでもないだろう。では何か、自らが発展させてきた科学ではないだろうか。1000年後も人類は地球上に生息しているだろう。だが、ホモサピエンスとは異なる種になっているのかもしれない。
空想の翼で駆け、現実の山野を往かん。これは、推理小説作家の松本清張が、医療機器メーカーである中村ブレイス株式会社を称賛して送った言葉だ。社屋の前には、この言葉を刻んだ石碑がある。ホモサピエンスの特質を必要としなくなった未来の人類は、この石碑を見て何を思うのだろうか。
方丈の庵
PMIコンサルティングでは、企業の人と組織を含めた様々な経営課題全般、求人に関してのご相談やお問合わせに対応させていただきます。下記のフォームから、またはお電話にてご相談を承っております。お気軽にお問い合わせください。