2021年10月米メタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)のマーク・ザッカーバーグ氏は、SNSから一気にメタバースへの方向転換する宣言をした。それをきっかけに、世界中の企業が次々とメタバースへの参入を表明している。日本でも、最近様々な企業が仮想空間のリリースを発表しているが、新聞に取り上げられているのは、エンタメ(ゲーム・ライブ配信やアニメーションなど)や小売り、観光業が目立っているように感じる。
そもそもメタバースとは何かを調べてみると、多くの専門家は、メタバースを『インターネットの3Dモデル』と見ているようだ。物理的な世界と並行してデジタルライフを過ごし、自分自身のアバターを介して交流するための場として捉えられていることが多く、SNSやゲームの延長にある世界がイメージされている。一方で、マーク・ザッカーバーグ氏の言う本当の意味でのメタバースは、『没頭し、他の人と一緒にいるような感覚を味わえるメディア』である。メタバースの定義を『インタラクティブで没入感があり、超リアルに共有された仮想空間。自分用にカスタマイズされたアバターやデジタル資産もあり、それらはブロックチェーンに記録される』としている例もあり、どうやらメタバースには“没入感”と“リアル感”が必要な要素であるようだ。
エンタメ業界はメタバースとの親和性が高いことは言うまでもないが、実は他にもメタバースの活用が期待されるモノゴトはたくさんある。マーク・ザッカーバーグ氏のプレゼンで触れられていた例で言えば、ビジネス・医療・教育(学習)などだ。
ところで、先に挙げた定義『インタラクティブで没入感があり、超リアルに共有された仮想空間。自分用にカスタマイズされたアバターやデジタル資産もあり、それらはブロックチェーンに記録される』が実現された世界とはどんな状態なのだろうか。今回は、メタバースwith 教育が当たり前になった世界に着目して想像をしてみたい。
まず、私たちは、メタバース空間に入るために、いくつかの自分のアバターを持つことになる。アバターには、自分自身の様々な情報がデジタル資産としてブロックチェーンに記録される。メタバースwith 教育という観点でいえば、学習履歴がデジタル資産として取り扱われることになる。
メタバース空間では、自分がなりたい将来像(幼少期は保護者が期待する将来像)をいつでも設定・変更することができる。そして、現時点の自分の学力水準から、なりたい将来像までのパスとカリキュラムが自動で組まれ、それを毎日一つ一つクリアしていけば、高確率で将来像を叶えることができる仕様だ。難しいのは、毎日一つ一つクリアしていく継続性だが、そこには没頭してしまう仕掛けが数多く用意されている。例えば、なりたい将来像であるゴールまでのマイルストンが週次・月次・四半期・年次といったように細かく設けられ、主人公である自分のアバターがRPGの旅人に扮して様々な場所を巡りながら、知識とスキルを強化していくことで、自分のスコアが上がっていく仕掛けが考えられる。
実際に学習を開始するときは、眼鏡型のVR/AR機器と、薄い手袋のようなウェアラブルグローブを装着する。次に、自分のアバターに接続して、非メタバース空間でインプットされた脳内情報をアバターに同期させる。それが完了すると、AIコーチアバターが現れ、本日の心身コンディションをチェックし、本日のゴールのすり合わせをしてくれる。コンディションに問題がないことが確認できると、クエスト(学習課題のようなもの)が複数表示され、好きなものから学習を始めることができる。クエスト選択は、声・アイコンタクト・手で触るといった方法で行うことができ、言語習得が未熟な子供や、障がいを持つ人も簡単に選択することができる。クエストが開始されるとAIコーチアバターに導かれながら3DCGで再現された様々な物に触れながら学ぶことができる。アバターが何か物を持てば、ウェアラブルグローブが手触りや振動、温度をリアルに再現するので、あたかも物理的にその物を触ったように感じることができる。視覚・聴覚・触覚をフル活用したインプットが終わると、アウトプットする場面に自動で移動し、自分自身の理解度がその場でフィードバックされ、すぐにスコアリングされてクエストの完了証が発行される。
もう少し具体的に日本の義務教育の学習科目で想像してみたい。
例えば英語であれば、Speakingは自分やアバターの表情と口の動きだけでなく舌の動きまでチェックしてくれるので、正しい発音が出来ない場合は表情筋と舌の動かし方のフィードバックがリアルタイムに表示され、表情筋や舌の動かし方のトレーニングクエストがすぐにレコメンドされる。Writingはウェアラブルグローブが自分の手の動きを完全に再現してくれるので、現実世界で書き取ったメモがメタバース空間内にも残り、スペルチェック結果がリアルタイムにフィードバックされる。
歴史であれば、好きな時代の好きな場所に行くことができ、歴史上の出来事があたかも目の前で起こっているかのような感覚で観ることができる。歴史上の人物を深堀したいと思えば、その人物のアバターに自分自身を接続すると、記憶や思考データを取得することができる。
地理は地球儀を回して好きな場所を選べば、その土地に瞬時に移動し、気温や気候、地形、民族や主要な資源などを実際に見て触れ合うことができ、現地で見聞きしたのと同じ体験ができる。
理科で動物の生態を学ぶ際は、本物の動物を直接触っているかのような感触(毛並みや体温など)が得られ、餌やりも体験することができる。魚が海の中を泳いでいる様子を目の前で見たり触ったり、小さい魚を大きく拡大することもできる。深海魚アバターに接続すれば、実際に自分が深海魚になって深海を自由に泳ぐことができる。
以上のように、現在のスタンダードである教師が対面で教える方法よりも、視覚・聴覚・触覚をフル活用するので、 “没入感”と“リアル感”の相互作用によって学習効果が高まることは想像に易しい。誰もがクイックフィードバックを得られ、知識の理解度やスキルの習得度もリアルタイムに更新されるので、学び直しやリスキリングはいつでもどこでも自由に行える。
このようにメタバースによって、教育の在り方が変われば、その後の就職の方法や働き方も大きく変わっていることだろう。企業との雇用契約は完全ジョブ型に変わり、採用時には年齢や国籍、学歴(出身学校歴)ではなく、ブロックチェーンに記録された学習履歴と世界共通の知識・スキルスコアをエビデンスとして、AIによって採用されることになっているかもしれない。
また、就職する前に予めその企業で必要な専門領域の技術的なトレーニングを積むことも可能だ。しかも、仕事のパフォーマンスは全てブロックチェーンに記憶されるので、知識・スキルに加え、経験値もリアルタイムにスコアリングされる。人は自分のアバターに記録された知識やスキルを常にアップデートし続けることが求められるようになるだろう。もしかしたら、パフォーマンスを発揮するのは現実世界の自分や、自分が操作するアバターではなくて、メタバース空間内の自分のアバターによるものなのかもしれない。
一方で、今回想像したメタバースwith教育が当たり前の世界になるころには、当然メタバースwith医療・メタバースwithビジネスも当たり前になるだろう。但し、そんな世界になるには技術以外の面でまだまだ越えなければならない壁が存在している。例えば法律の問題で、メタバース空間内のアバター同士のやり取りが原因で犯罪が発生した場合、誰がどのように罪を償うべきなのか世界基準で整備する必要が出てくる。また、メタバースを利用していた個人が亡くなってしまうと、メタバース空間内にアバターのみが存在し続けることも考えられる。そうなった場合はそのアバターを誰かが相続することが必要になるのかもしれないし、メタバース空間内に残されたアバターに、人と同等の人格を認められることも必要になるのかもしれない。その他にも、利用料などの費用の問題として、子供に教育を受けさせるための財源の確保、メタバース空間内で利用可能な通貨の統一も合わせて考える必要が出てくる。それらの問題についての考察は研究者や専門家に譲り、これ以上掘り下げることはしないが、世界規模で解決しなければならない問題だ。
最後に、今はメタ(旧フェイスブック)やマイクロソフトなどの世界のビックカンパニーを中心にメタバース・プラットフォーマーとしての覇権争いが繰り広げられている。そして近い将来、世の中はインターネットと同じように、大きくメタバース・プラットフォーマーと、ハードやソフトの開発者やサービス提供者を含む利用者に分かれることになる。インターネットが登場した40年ほど前、私たちはパソコンを持ち歩いて生活していることを想像できなかったように、メタバースの世界が当たり前になっている時代の生き方をまだ正しく想像できていない人も多いだろう。20年後の私たちは、メタバースを一時的な流行として現実世界を中心に生きているのか、それとも今では想像できないほどメタバースが無くてはならない存在になり、現実世界と仮想世界を行き来しているのか、どちらになるか今はまだ分からない。
もし、メタバースが当たり前の世の中になっていれば、メタバース・ネイティブ世代の誰もがメタバースを活用した教育を受けられ、今よりも平和で豊かな世の中なっていることを願いたい。
※参照
・日経TREND:https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00596/00005/
・COURRiER Japon 2022年7・8月号
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