テレビで臨時国会の生中継を流しながら仕事をしていた私の手がふと止まった。スフィア基準と言う言葉を耳にしたからだ。テレビの画面に視線を送ると石破首相が所信表明演説をしている最中だった。
私が初めてスフィア基準の存在を知ったのは、2011年の冬だった。3月11日の震災の後、私は東北各地を巡り、復興に取り組む個人や団体と交流していた。特に印象に残ったのは、避難所で過ごす人々の過酷な環境だった。被災者の人々も、地元の自治体の人々も、暮らしを立て直すことに懸命だった。企業もNPOも懸命に支援していた。しかし、何もかもが不充分だった。とりわけ自らも被災者であるにもかかわらず、自分や自分の家族より被災者の暮らしを優先して事に当たる自治体の人々の姿勢には、感銘を受けるとともに心が痛んだ。そして13年後、能登半島で再び似た光景を目の当たりにし、スフィア基準に基づく避難所対応が、未だ浸透していないことを知らされた。
スフィア基準とは、正式名称を『人道憲章と人道支援における最低基準』といい、災害や紛争の影響を受けた人々の権利と、その人たちを支援する活動の最低水準について定めた国際基準だ。ハンドブックになっており、初版が発行されたのは1998年だった。その後、2004年、2011年と改訂され、2018年の第4版は約400ページに及んでいる。その中では、被災した自治体の職員についても真っ当に暮らす権利を守らなければならないと定めている。
日本における具現化のイメージはこうだ。ある土地で震災や豪雨などが発災し、多くの住民が学校の体育館、もしくは空き地に避難したとする。被災していない近隣の自治体が直ちに連携して支援体制をつくる。被災者のプライバシーを守ることができる快適なテント、安全で清潔なトイレ、水や食材、医薬品などが、数時間後に届けられる。医療関係者、プロの調理人、介護やメンタルケアの専門家、被災地対応に熟練したNPOのスタッフなども同時に駆けつける。発災したその日から、被災者ではない人々と同等な環境で暮らせるようにする。警察や消防団や自衛隊も直ちに連携し、救助の体制をつくる。
このような対応を可能にするためには、瞬時にオペレーションを組むことのできる事前の準備が必要となる。そこで重要になるのがクラウドサービスの連携だ。ざっとリストアップしても、下記のようなクラウドサービスが必要となる。また、(※)をつけた項目には法の整備も必要となるだろう。
① 総合的なプロジェクトマネジメントを行うためのクラウドサービスが必要
② プラットフォームとしてNHK防災アプリの機能拡張が必要(※)
③ 住民台帳と連動して安否確認を行えるクラウドサービスが必要(※)
④ 被災地に応じて瞬時にフォーメーションを組むことのできるクラウドサービスが必要(※)
⑤ そのフォーメーションを瞬時に組み立てることのできるAIサービスが必要(※)
⑥ 被災地以外の近隣自治体に指示を出す仕組みも必要(※)
⑦ テントや食料品などを必要数に応じて供給するサプライチェーンのクラウドサービスが必要
⑧ 臨時の電源供給を可能とするシステムが必要(自家発電システム、電気自動車の活用システム、バイオマス…)
⑨ 自衛隊、消防団、医療機関、NPO、近隣の飲食店などを連携させるクラウドサービスが必要(※)
⑩ かかりつけ医のカルテと連動した持病用医薬品の支給を行うクラウドサービスが必要(※)
このようなクラウド連携を形成すれば、それはもう新たな産業の創出に匹敵する。
一方で、これらのクラウドサービスは、Googleのアプリのように直ちに連携できるわけではない。連携を可能にするためには、開発標準が必要になるし、品質や性能やセキュリティの基準も必要となる。そしてそれを可能にするためにも、国家主導のプロジェクトとしなければならない。
減災への取り組みは、自助と共助と公助とで成り立っている。東日本大震災以降、日本人の自助力は備品の備えや避難訓練などを見ても少しずつ向上している。公助力についても大きな予算が付くようになってきた。しかし、共助力については、まだまだ改善の余地が大きい。そして、共助力の強化には産業界の投資が求められる。それも、新たな市場と産業を共創する発想で取り組むべきではないだろうか。SDGsもそうだが、様々な社会課題の解決は、寄付や義務のフェーズから、ビジネスチャンスとして捉えるべきフェーズに入っている。
方丈の庵
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