2009.11.26
日本のビジネス航空市場拡大のキーとは
2009年9月、東京赤坂のアークヒルズと成田空港を結ぶヘリコプターサービスが登場した。中でも、エルメスが内装を手掛けたヘリコプターが世間の注目を集めた。このサービスは国内外のビジネスパーソンをターゲットとしており、都心と空港を30分で往来するため、出張中の限られた時間を有効に使うことが可能となる。こうしたビジネスパーソン向けのチャーターサービスを”ビジネスジェット/ビジネス航空”と呼ぶ。JBAA日本ビジネス航空協会では、以下のように定義している。「ビジネス航空とは、企業、団体、或いは個人が、そのビジネス遂行上の手段として利用する飛行機及び回転翼航空機による航空輸送であり、利用者が航空機を所有する自家用機及び利用者が自己の目的の為に個別にチャーターする(オンデマンド・チャーター)事業機を使用して行われる」。
ビジネス航空を利用することのメリットは、旅客機と比べて搭乗手続きや待ち時間等の移動時間の短縮が図れる点と、定期便の路線に縛られない移動範囲の選択が可能な点が大きな魅力となっている。また、昨今では特に欧米において、テロ対策やセキュリティ対策の一環として第三者が同乗しないなどの安全面でのメリットも着目されるようになってきている。北京オリンピックを控えた中国においても、ビジネス航空市場は急速に拡大・普及しつつある。例えば、ビジネス機の保有台数をみると、国別では米国が最も多く1.5万台、2位のカナダで766台、3位のメキシコが635台であるのに対し、日本は23位で63台である(ビジネス航空フォーラムin 愛知資料より抜粋)。中国も保有機数を伸ばしつつある中で、主要国の中で日本が遅れを取っていることは一目瞭然である。
しかしながら、日本においてビジネス航空の普及はまだ過渡期であり、今後の市場拡大に向けてはいくつかの課題がある。まず1つ目には、インフラストラクチャーの整備である。出張などのビジネスで利用する場合、ヘリポートは民間で整備可能だが、行く先であるハブ空港側にも発着枠が必要となる。空港間を結ぶチャーター便であれば双方にチャーター便の発着枠が必要だ。しかしながら、日本では世界的に見て人口に比した空港数が不足しており、発着枠も限られている。最も需要の高い成田・羽田両空港においては、発着枠が定期便でほぼ独占されており、希望通りの運航が困難である。また、1週間前の事前申請が必要となるなど、手続きの煩雑さもビジネス航空の利用拡大を阻害する一要因となっていると言える。2010年3月に開港する茨城空港によって関東圏への発着枠総数が拡大する見込みであるものの、茨城空港で現在決定している就航路線は2路線のみであり、海外から都心へのアクセスを加味すると十分なインフラとなるにはまだ時間が必要であろう。また、2010年に予定されている羽田・成田の拡張工事においても、燃料高騰に伴う航空機材のダウンサイジングのため、各航空会社が小型化・多頻度化の傾向にあり、ビジネス航空向けの発着枠拡大が実現するとは考えにくい。
2つ目は、規制緩和である。現状、ビジネス航空事業においても定期航空会社向けの規則と基準が適用されているため、規制が非常に厳しくなっている。欧州ビジネス協会の報告「日本の商環境に関するEBC 報告書」(2006.12.4)でも「数百人の乗客がからんだ運航のために設けられた複雑で厳しい規則を、高いフレキシビリティを必要とする運航に無造作に適用することは行き過ぎであり、日本におけるビジネス航空の発展を妨げる」とコメントされている。ビジットジャパンをスローガンに掲げる日本政府としては、観光商品となるコンテンツの強化や海外市場に対する広告宣伝も重要だが、こうした海外からのビジネス利用客のニーズに即した対応にも今後真剣に取り組まなければならないだろう。JBAAも、これらの問題を重要視しており、航空局に対して航空運送事業以外の航空機に関する運航基準の設定や航空運送事業の内オンデマンド・チャーター運航に関する基準の設定などを要望書として提出し、継続的に課題解決に取り組んでいる。
3つ目には、市場認知度を高める必要性があげられる。日本においてビジネス航空は「一部の富裕層の利用するもの」という理解が根強く、ビジネス利用としての標準的な移動手段としてはまだ認知されていない。特に最近の景気低迷下においては、コスト削減の意識から心理的な抵抗感も生じると考えられる。しかしながら、欧米では一般的なビジネスツールとなりつつあるビジネス航空の利用が出来ない環境であること自体が、ビジネスチャンスを失うことにつながっている可能性もある。認知度の低さは2つ目の規制緩和の問題とも関連している。市場認知度が高まり、ビジネス航空事業に対する規制緩和を望む声が増えることは、規制緩和の実現に大きく貢献しうる。上述のエルメス仕様のヘリコプターは話題性に富み、ビジネスでの航空機利用が日本でも活用されるようになったのだ、ということを大きく印象付けた。また、公共性の高いビジネス航空の利用例としては救急医療用ヘリコプター、いわゆるドクターヘリも有名である。日本においては、2007年に「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」が整備され、翌年の夏にはドラマにもなって世間の認知度を高めた。
第二・第三のビールと酒税の『いたちごっこ』に象徴されるように、企業のビジネスは規制との戦いという一側面を持っている。上述のような世間の注目を集め得るサービスが次々と提供出来るようになっていけば、日本国内でのビジネス航空に対する根本的な理解不足の解消から規制の緩和につながっていくだろう。さらに、世間の注目が高まることでビジネス航空に対する需要が喚起できれば、現在の空港インフラ整備の在り方にも一石を投じることになる。定期便一辺倒では就航需要を満たせなくなる筈だ。
現在の航空市場は、世界的な景気後退の煽りで国内外への出張を見合わせる向きも多く、定期便の廃止など市場自体が縮小傾向にある。しかし、景気が回復してきた段階で、インフラや規制の制約によって海外企業が日本国内でのビジネスチャンスを失してしまうとすれば、それは日本国家としても大きな経済的損失につながるだろう。ますます進展するグローバル化の中で遅れを取らないためにも、ビジネス航空事業の拡大が望まれる。
馥郁梅香