2013.09.08
世界で活躍できる人材を育成できていない英語教育の問題とは?
最近、グローバル人材の育成が急務であると、文科省や経済産業省、そして経団連でも盛んに議論されている。企業では2010年の上半期、日本を代表する流通企業となった楽天やユニクロが、2012年をめどに社内での英語公用化を実施すると発表し、話題を集めた。
文部科学省の中央教育審議会では、グローバルな舞台に積極的に挑戦し活躍できる人材の育成を図るため、グローバル人材育成推進事業を立ち上げ、学校教育の体制整備を推進しようとしている。
中央教育審議会の議事録によると、現在の学校教育の問題は「世界で活躍できる人材を育成できないこと」としてまとめられる。そこでは世界で活躍できる人材に必要な能力は以下の8つを挙げている。
1.主体性:物事に進んで取り組む力
2.働きかけ力:他人に働きかけ巻き込む力
3.課題発見力:現状を分析し目的や課題を明らかにする力
4.創造力:新しい価値を生み出す力
5.発信力:自分の意見をわかりやすく伝える力
6.傾聴力:相手の意見を丁寧に聞く力
7.柔軟性:意見の違いや立場の違いを理解する力
8.規律性:社会やルールや人との約束を守る力
上記の能力のうち、特に、働きかけ力、課題発見力、発信力、傾聴力、柔軟性の5つは、自分の考えを論理的に伝え、相手の話していることを正しく認識する能力を求められている。英語がグローバルな環境での標準語となりつつある中で、これらを日本語だけではなく、英語でできることが必要となってくる。
だが、実際日本では中学、高校、大学と10年間英語を勉強しても、英語をまともに話せる人が少ない。大学を出て英語で仕事ができる人(一般的にTOEFLスコア600点相当)は、大卒・院卒の就業者数38.9万人のうち、わずか数%にも満たず、実践的な英語教育が出来ていないといえる。(文科省 中央教育審議会大学分科会 2012.3.審議まとめ)
英語ができるだけで世界で活躍できる人材になれるわけではない半面、英語ができなければ世界で活躍できる人材とは言えない。つまり、英語は世界で活躍できる人材となるための絶対条件といえる。
ここでは、日本の英語教育の問題についてフォーカスし、その解決の方向性を探る。
英語の学習に費やされた時間、費用、労力に比べ生徒の英語能力の向上が余りにも小さく、日本の英語教育は、明らかに非効率的であるといえるが、日本の英語教育の問題は何か?
1.英訳和訳、文法偏重のカリキュラムの問題
1点目に、カリキュラムの問題である。学校教育では英文和訳と和文英訳を重視しすぎており、高校では英文和訳と和文英訳に授業時間の約6割を費やしているデータがある。
(高等学校学習指導要領解説 外国語 英語編 2011.4)
和訳するには、まず英文を英文としてよく理解したうえで、それに適切に対応する和文を考えねばならない。したがって、和訳というのは、英語の能力というよりは日本語の能力といっても過言ではない。さらに、これでは「英語で考える」能力が養われない。実際に公立中学校・高校の授業で、英語でディスカッションやプレゼンテーションをする時間は授業時間全体の約2割以下という調査結果がでている。和訳、英訳以外には新出単語や文法の説明、音読などに多くの授業時間が費やされている。
2.英語教育における学力と学習意欲の低下の問題
2点目に、英語教育に限らず、既に大きな問題となっているが、学生の学力低下がある。英語教育においても、学力低下のデータがでている。
1994年、2000年、2008年度に全国247校の公立中・高校に実施した英語基礎能力テストでは、平均点数が約3%ずつ下がっているというデータがある。
学力低下につながる一つの要因として考えられるのは、学習指導要領の語彙と文法項目の減少である。中学校の英語の授業時間数が減っているため、一方的な議論はできないが、例えば1958年の段階では中・高の検定済教科書で取り上げられていた語彙は最高で4900あった。しかし、これが現行の指導要領では2200~2700になっている。ちなみに、中国では5750~6150、韓国では7050~8200という報告がなされている。言語材料の減少は、語彙だけでなく文法・文型事項にも当てはまる。
(海外から見た今日の日本の英語教育政策 LET関東支部講演レジュメ 2012.6.4)
また、学生の学習意欲に関しては、英語学習に対する知的好奇心(英語が話せるようになりたい等)よりも英語習得によって得られる実利的な側面(試験に受かりたい等)の方が多くなっていることも調査結果から分かった。さらに、英語が「好き」か「嫌い」かを訪ねた結果から、英語が嫌いという回答が多かった。(「好き」24.9%、「嫌い」38.5%、「どちらでもない」28.5%)
(高等教育における英語基礎学力に関する研究 大学英語教育学会研究委員会2009.1.15)
3.抵抗勢力があるため、改革がすすまない
中央審議会の議事録によると、日本の英語教育の問題の一つに、遅々として進まない学校改革の問題を挙げている。文科省が英語力向上のために施策を打ち立てても、抵抗勢力があるため、改革がすすまない。
例えば、文部科学省は、2002年7月、「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」という英語教育施策を発表し、その戦略構想の中で公立小学校・中学校・高校の教師に英語準一級、TOEIC730点以上、TOEFL550点以上を英語教員に望まれる英語力の基準として掲げた。
しかし、教員は徹底的に抵抗した。その結果、現在でもこの基準を満たす教員はわずか25.7%しかいない。そうした教員の抵抗を可能にしているのは、教育公務員特例法(教特法)の存在があるからである。教特法には、教員人事を教授会(採用・昇任の場合)、評議会(後任、免職の場合)が行うことの条項があるほか、雇用上のさまざまな保護と特典を与えられている。そのため、少しでも改革を進めようとすると、既得権益にあずかる者が多く、改革が進まないということである。
一方で、楽天等の企業による英語公用語化のように変化の兆しも見えている。
例えば、2004年に秋田県に設立された国際教養大学は、教員同士の会話や授業はすべて英語で行われ、卒業までに1年間の海外留学が必須といったドラスティックな英語化を戦略的に進めている。
また、教員、職員は世界中から公募している。採用された人の多くは留学経験があり、修士号を持つ人もいる。各種委員会は一人でも外国人が入っていれば会議は英語で議事運営し、公式文書は英文と和文の両方を作成しなければならない。
一般的に、大学を評価する指標のひとつとして就職率があるが、国際教養大学は、例年就職率100%、企業側から高い評価を得ている。
2010年7月に行われた国際教養大学の開学5周年会にて、文部科学省の坂田事務次官からの挨拶文について、以下の印象深い箇所があった。
「グローバル化への対応というのは、本来ならまずは国公立大学、そして中学・高校がすべきことですが、それを国際教養大学がやっている。是非、国際化のモデル校になってほしい」
文科省も国公立大学、中学・高校の国際化を進めたい。特に、国立大学に関しては大学法人化で教特法の縛りが外れても、既得権益にしがみついて改革に抵抗する勢力がいるため、なかなか動いてくれないということが、この発言につながったのではないかと思う。
今では、上智、同志社などの私立大学や一部の国公立大学が国際教養大学をモデルにして、一部の学部の英語公用語化やカリキュラムの変更などを行うようになっている。
国が悠長に構えているうちに、一方では危機感を感じ、変革を進めている大学や企業が出てきている。 但し、国が根本的に変わらなければ、世界で活躍できる人材の育成は儘ならない。 少なくとも、国が強力な施策を打ち出すことと、その施策が現場へ浸透するためのフォローアップがあることによって、英語力向上に向けて前進するだろう。
ミルキーウェイ