2018.07.05
自動車メーカーにとってのEVシフトの驚異
近年世界的に、自動車のEV(電気自動車)へのシフトが急速に進んでいる。国際エネルギー機関(IEA)は5月末、2018年版の世界電気自動車の販売台数の見通しを発表した。中央シナリオとして世界のEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の販売台数は年率24%で成長し30年に17年の15倍の2150万台に達すると予測。自動車のEVへのシフトは、各国の政策が大きく影響しており、販売台数は各国の政策的な後押しが加速すれば、3800万台まで上振れするとのシナリオも示している。例えば、2016年10月にドイツ政府は2030年までに内燃機関を搭載する車の販売を禁止する方針を発表し、フランス・イギリス政府も2017年7月に相次いで2040年までに内燃機関搭載車の販売を禁止する政策方針を発表した。さらに同年9月には世界最大の自動車マーケットである中国でも、2019年から自動車メーカーに10%の新エネルギー車(NEV)の製造・販売を義務づける規制の導入が発表され、EVシフトの潮流を後押ししている。
各国はなぜこのような政策方針をとっているのだろうか。理由の1つ目はパリ協定への対応策である。デロイトトーマツコンサルティングによると地球温暖化を2度以内に抑制するという目標を達成するためには、世界の新車販売を2050年までにすべてEVなどの次世代車に置き換えなければならないと試算している。中国含め各国は地球温暖化の対策計画を定めたパリ協定への参加を表明しており、CO2排出規制を年々厳しくする姿勢だ。欧州では2015年のCO2排出量の規制値は130g/kmだったが、2021年には95g/kmへと強化され、ハイブリッド車でも達成は至難の技だ。排出ガスの規制強化により、自動車メーカー各社はEVシフトを見据えた戦略へと舵を切り始めている。
欧州勢はこれまで環境対策としてディーゼル車に力を入れてきたが、VW(フォルクスワーゲン)のディーゼル燃費不正事件によって信頼を損ない、欧州の各自動車メーカーはディーゼルエンジン戦略の根本的な見直しに迫られた背景がある。VWはディーゼル車の排ガス規制を逃れるため、車両試験の時だけ排ガス性を高める不正なソフトウェアを使用していた。この一件により欧州ではディーゼル車の排ガス性能に対する不信感が高まり、主要都市でディーゼル車の乗り入れを規制する動きにも繋がった。調査会社のJATOの2018年1月のプレスリリースによると、欧州におけるディーゼルエンジン乗用車のシェアは、2016年は49%、17年は44%となった、14年の約54%と比較すると約10%の大幅な減少となりすでに消費者のディーゼル離れは現実のものとなりつつある。
また、それまでにも欧州系の自動車メーカーはHEV(ハイブリット車)にネガティブキャンペーンを展開し、ガソリン車よりも燃費の良いディーゼル車を中心にしたCO2排出ガス規制達成シナリオを描いていた。それにもかかわらず、市場の信頼を損なってディーゼル車が売れなくなった中、引き続きディーゼルエンジンで規制に対応しようとすると対策コストの大幅増や技術的なハードルが高いことが判明したため、彼らはEVを本格的に生産・販売する戦略にシフトせざる得なくなったのである。
理由の2つ目は、国策として脱内燃機関搭載車を推進することで、自動車や電池における産業勢力図の転換を図ろうとしている。HEVではシェア約50%のトヨタを筆頭に日本勢が強く、欧州はディーゼル車が不振となる中、競争軸を日本の強いHEVから新しい市場であるEVへ変えざる得ない状況がある。中国はEVを国策として推進することで、日米欧に対抗できなかった内燃機関ではなく、参入が容易なEVで自国産業を育成したい狙いだ。
EVシフトが進むと自動車メーカーにどのような影響をもたらすのであろうか。既存の自動車メーカーの地位はEVシフトによって一変しかねない。EVは部品点数がガソリン車と比較すると約4割少なく、またエンジンやトランスミッションを中心とした開発段階でのすりあわせも難易度が下がる。構造が複雑なエンジンがなくなりシンプル化されるため従来のガソリン車と比較して参入障壁が下がるといわれている。実際にダイソンや中国の家電・IT企業など異業種からの参入表明が相次いでいる。
またこれまで自動車のコア技術であるエンジンに対し自動車メーカーは部品メーカーにすり合わせや要求を出し開発イニシアチブを持っていたが、それが消滅することになる。極端なことを言うとモーター・インバーター・電池というコア部品を買ってこれば誰でも自動車を作れるようになり、自動車メーカーは最適な部品を調達してきて組み立てるだけの役割に縮小していくことになる。その結果、コア技術を提供する部品サプライヤーに付加価値が移行する可能性もある。上記例は極端な例だが、エンジンにとって代わる電池やモーターを作れる部品メーカー数は多く汎用品化しやすいため、既存の自動車メーカーにとってはEVシフトすることで自動車単体での差別化が難しくなり利益を出しにくい市場になっていくだろう。
自動車メーカー各社は、時代の変化に合わせ自動車単体から、継続的なサービスや周辺事業の可能性を広げようとしている。例えばトヨタは2016年4月からコネクティッドカンパニーをスタートさせ、2018年6月には新型クラウン、新型車カローラ スポーツから、国内の全ての新型乗用車への車両の制御ネットワークに接続する車載通信機の標準搭載を目指すと表明している。クルマ自体がクラウドに繫がるメリットを生かし、車両の運行情報などを基に保険料を算出する保険サービスや、走行履歴を参照してパーソナライズされた道案内を可能にするサービス、他にもクルマが盗難に遭った場合の追跡やリモート制御(盗難車は停車時にエンジンがかからなくなる)、事故発生時の緊急通報、ソフトウェアアップデートによる継続的な機能追加など検討されている。日産自動車では2017年末にEVを走る蓄電池として、電力需給調整機能サービスに向けた実証実験を東電と行うなど、多様なサービスが検討されている。
EVシフトの脅威から逃れるためには今後自動車メーカーはクルマ販売のみでなく、移動サービスなどを併せて提供することが求められ、いち早く相乗りサービスや配車サービス、駐車場予約やカーシェアEV充電拠点、駐車場関連の企業などと提携し、様々なサービスを統合したプラットフォームを構築することが期待される。
エウロパ