2018.08.12
CSRダイバーシティからの脱却~価値あるダイバーシティの実現のために~
先日、毎年行われている大規模な野外ロックフェスに初めて参加した。驚いたのはロックが好きな若い男子ばかりかと思えば、子連れの親子、小中学生の男女、そして外人と、参加者が想像以上バラエティに富んでいたことである。外見も、刺青を入れた逞しい方々から、いわゆるオタクと呼ばれている方々まで、様々な人たちがお目当てのアーティストの曲を聴きながらテントでアルコールを飲みながら楽しんでいる。ステージ前列で飛び跳ねながら思い思いのスタイルで、心地よい空間を一緒に作り上げていた。
これほど属性やスタイルが違う多種多様な人々が同じ空間を楽しむことが出来るのはなぜだろうとふと考えた。答えはシンプルで、皆「今この時間を音楽と共に楽しむ」という目的が同じだからだ。
多種多様な人々が同じ目的に向かって活動することは企業活動にも似ている。特に昨今この「多様性」は、「ダイバーシティ」という言葉で語られることが多い。 2012年頃から少子化対策の観点から経済産業省がダイバーシティ経営を推進したことにより、主にダイバーシティは女性活躍の意味合いで使われる場面が多かった。しかし、近年は人手不足を背景とし高齢者、障害者、外国人労働者、LGBTといったキーワードもこのダイバーシティに含まれるようになり、文字通り多様さを帯びている。
エン・ジャパンが2017年に実施した「職場のダイバーシティ」意識調査(※1)では、「ダイバーシティは大事な考え方であると思いますか?」との問いに回答者7385名の実に95%が「大事だと思う」と回答している。一方で同調査の別の設問「自社では、ダイバーシティに取り組んでいると感じますか?」という問いに対しては、「積極的に取り組んでいる」と回答は、わずか19%であった。大事だと思うのに取り組んでいると感じられない、このギャップはなぜ生まれるのだろうか。
早稲田大学谷口真美教授は、ダイバーシティの取り組みを「抵抗」「同化」「多様性尊重」「分離」「統合」という5段階で区分をしている (※2) 。何ら取り組みを行わない状態の「抵抗」、法律順守の姿勢を示す防衛的な状態の「同化」、違いの存在を認めるが活用まで至らない状態の「多様性尊重」、違いをビジネスに活かすために、マジョリティから分離する「分離」、違いを全社的に活かすためにマジョリティと混在させる「統合」という具合である。 前述のアンケートで言うと多くの回答者が、自社は「抵抗」「同化」、良くいっても「多様性尊重」止まりだと感じているのではないだろうか。
実際、日本企業の多くがこの「多様性尊重」でつまずいていると谷口氏は指摘している。 例えば「自社は女性管理職の割合が60%で女性を大切にしている企業だ」とアピールしている企業があったとする。確かにこれだけ見ると、女性が活躍できる良い会社だと想起出来なくもない。しかし組織で働く社員にとっては、単に女性が多いだけであり、逆に女性が多いからこそ起きるコミュニケーション上の悩みやトラブルも多く存在するかもしれない。つまり、多様性は「在る」だけでは、ただのCSR(企業の果たすべき社会的責任)止まりであり、現場は取り組みの実感がないのは当然である。
大切なのは、その多様性を活かす「統合」の段階に到達すること。言い換えれば、ダイバーシティ&インクルージョンを実現することにある。企業がこのダイバーシティ&インクルージョンを実現すると、多様性を活かし、環境の変化への迅速な対応、問題解決への多角的な視点、イノベーションを生み出す土壌など様々なメリットを生み出すことが出来るだろう。 この「統合」状態に至るためには、多様な人々の個性を活かす必要があるのだが、個性は人により全くと言っていいほど異なる。その個性を認識することが「統合」への第一歩だ。
先ほど、違いの存在を認めるが活用まで至らない状態を「多様性尊重」と説明したが、相手の違いを認めることは意外に難しい。何故なら違いがあると人は排除しがちであるからだ。おそらくこれは我々が義務教育によって長らく100点を目指し、ルールから外れないように育てられてきた弊害ではないだろうか。例えば、自分の考えと異なる意見を持った人間がいたときに、自分とは違うことにネガティブなイメージや批判的な意見を持ったり、「でも・・」と自分の意見を押し付けたりすることは、よくあることだ。
しかし、それでは多様性を活かすことはできない。多様性を活かすためには、相手と違いがあることを知る、相手の価値観を理解する過程がまず必要になる。同じ組織の人間が何をモチベーションとして日々活動しているのか、どんなビジョンで動いているのか等々。相手を深く知り、その背景にある価値観に触れることが、多様性を活かすために不可欠である。相手を知るというと当たり前のように聞こえるが、意外と自身の部下、上司、同僚に対してやり切れていないことではないだろうか。
「ダイバーシティに取り組む」というと、壮大なテーマに聞こえがちで、自分自身には関係のない印象がある。先ほどのアンケートでダイバーシティが大事だとわかっていても積極的に取り組んでいると感じられないのは、こうした印象も要因であると考えられる。 しかし、その取り組みは「違いを認め、相手を知る」という誰でもできる行為から始まっている。
そして個々人の違いを認識し、理解をした上で、さらに「強み」を見出すことが「統合」状態に至るために必要なことだ。人が持つ強みは様々であるが、その強みを見出すためには、自分自身の強み(得意分野、没頭できること等)を常に意識すること、そして他人の強み(優れている点)を見つける視点を持つことが重要だ。人は自分や他人の弱みはすぐ見つけるが、強みを見つける習慣がないように感じる。自分の強みが分からない方は、まず他人の優れている点を見つけて、是非伝えてあげてほしい。それがその人の強みを見つけるヒントとなる場合が、往々にしてあるものだ。
もちろん弱みを把握することも大切だが、このダイバーシティの文脈では弱みの克服ではなく強みを育むことに主眼を置くべきだ。何故なら昨今のダイバーシティ経営において、組織活動にジョインした人は労働力上の制約があるはずだからだ。例えば65歳の高齢社員は体力面、育児中の社員は稼働時間で制約がある。限られた資源の中で成果を出すには、強みにフォーカスしたほうが戦略的にも効果的であることは明白だ。
こうして互いの違いを知り、強みを認め合うことで、相互に補完し、その結果として組織としてさらなる成果を生むことが出来る。それが目指すべき「統合」である。そうした多様な人材と多様な価値観によって構成される組織は、この不確実性の高い世界においても、常にアップデートを続け、淘汰されることなく持続的に成長していく強固な組織となるはずだ。
時代は変遷し、もはや女性活躍の文脈だけでなく、人手不足も相まって、半ば強制的にこの多様さを活かす必要に迫られているのが、日本企業の現状かもしれない。だからこそ、いつまでも意固地に「抵抗」を続けるのではなく、成長し続ける組織を作るためにも、また自分自身のキャパシティーや価値観を広げるためにも、出来る範囲からでも、このダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでいきたい。
参考
※ 1:「職場のダイバーシティ」意識調査(2017) (https://corp.en-japan.com/newsrelease/2017/3505.html)
※ 2:「ダイバーシティ・マネジメント 多様性を活かす組織 谷口真美(白桃書房)」
KM2