2020.01.06
人材育成には『失敗』のデザインを
先日、面白い記事を見かけたのだが、東京大学の池谷裕二教授によるネズミを使った学習実験の結果、「誤答の重要性」が、脳科学分野でも証明されつつあるらしい※1。主な証明内容は、以下の通りである。
・学習の初期段階で多く間違えた(失敗した)ネズミほどその後の学習が速くなる
・失敗をする時、同じ失敗を繰り返すのではなく、多様な失敗をしたネズミほど最終的な学習の成績がよい
・間違える時に熟考した方が学習が速くなる
この記事を読んだ時に、ふと、元大リーガーのイチロー選手のいくつかの名言を思い出した(下記ご参照)。
詰まるところ、彼は、失敗を悪だとは捉えずに、失敗(≒挑戦)し続けることを糧としているように思われる。
「遠回りすることってすごく大事ですよ。無駄なことって結局無駄じゃない。遠回りすることが一番の近道」
「まったくミスなしで上位にたどり着いたとしても、深みは出ない」
「4000のヒットを打つには僕の数字でいうと8000回以上は悔しい思いをしてきているんですよね。それと自分なりに常に向き合ってきたこと、そういうことがあるので、誇れるとしたらそこじゃないかと思います」
「ヒットをたくさん打つようになってからは、甘い球を待てなくなりました。むずかしい球がくるまで待つという姿勢になっちゃったんです」
「僕なんて、まだまだできてないことのほうが多いですよ。でも、できなくていいんです。だって、できちゃったら終わっちゃいますからね。できないから、いいんですよ」
ネズミの学習実験やイチロー選手の話からもわかる通り、失敗は重要だ。但し、誤解してはいけないのは、その本質は「振り返り」にこそあるということだ。つまり、単に失敗を経験するだけでは意味がなく、そこから、自分自身の能力不足、スキルの未熟さに気づき、学び取ることが成長への第一歩なのである(ダニング=クルーガー効果)。この点、成功よりも失敗の方が学び取ろうとするインセンティブが働くことは、行動経済学の観点(損失回避性)から考えてみても納得がいく。
さて、ビジネスの世界ではどうだろうか。昨今、どの会社でも新規ビジネスや新規事業の重要性が謳われており、コンサルティング会社である我々もそのようなご相談をいただくケースが増えている。しかし、そのような華々しい号令とは裏腹に、失敗を恐れるあまり、実際には何も動き出せていない会社がごまんと存在する。「失敗は成功の母」とはよく言うものの、周囲を見渡してみても、イチロー選手のように、最初から失敗を望む人は少なく、失敗は絶対的に悪と捉えられるのが現実だ。これを人材育成の現場に置き換えてみると、同じようなことが起きていることに気付く。つまり、いかにその人に成功体験をさせるか?にばかり目を向けて、いかに失敗経験を積ませるか?についてはあまり議論がされていないということである。失敗こそが学びの源泉であるにも関わらずだ。
では、人材育成において、どうやって「失敗」をデザインしたらよいだろうか。企業の人材育成担当者、並びに育成責任を負う管理職は、以下を参考に、「失敗」をデザインしてみてはいかがだろうか。
- Plan :失敗させたい職務経験を整理し、育成対象者にも伝える。※2
- Encouragement :育成責任者には、失敗することを奨励させる(失敗して当たり前)
- Experience :育成対象者に失敗させたい経験を伝えた上で、取り組ませる
- Support :なぜ失敗したのか? どうしたら良かったのか? の振り返りを促す(サポートする)
上記のうち、最も重要なのは、前述の通り「4.Support」であるが、最もハードルが高いのは、「2.Encouragement」であると考えられる。なぜなら、育成責任者の器と組織風土の影響を受け、これらは中々変えづらい性質を持っているからだ。近年、管理職層を中心としたインテグリティや組織風土・組織文化に関する課題が増えてきているが、いかに、ここに目を向けるかが、今後の人材育成のキーポイントになるのではないだろうか。
なお、同教授は、私たち哺乳類の脳の成長は、基本的に消去法、誤差学習※3であり、人工知能のディープラーニングも、すべて誤差学習である(人工知能は粛々と失敗をして、次に行う行動はできる限り正解に近づけるように試行錯誤しているだけ)という説明もしている。繰り返しではあるが、AIも然り、我々人間も、どんどん失敗を積み重ねていかないと、成長することは難しいということは、今更言うまでもない。
かく言う私は毎日、もうじき2歳になる息子に「危ないからダメ」「良くないから止めて」というように、中々、失敗を許容することができておらず、反省を繰り返す日々を過ごしている。しかし、決して落ち込んでばかりはいない。なぜなら、これも私の失敗の経験であり、重要な学びである(と信じている)からだ。
<脚注>
※1:誤答の研究─脳科学の研究で分かった「失敗こそが学び」( https://kyoiku.sho.jp/14654/ )より
※2:人材が育つための要件として、職務経験7割、薫陶2割、研修1割という考えを参考
※3:消去法:「あれをやってはいけない」「これをやってはいけない」と、失敗を消去しながら成長をする
誤差学習:何かを期待して行動した時に生じる期待との誤差を最小限にするように自分の行動を修正し、失敗を繰り返しては修正していく学習
ノラ猫