PMI Consulting Co.,ltd.
scroll down ▼

2020.11.19

【鉄道会社が歩む新たな「多角化」】

 「鉄道大手の業績回復が遅れている。2021年3月期の最終損益は主要18社がすべて赤字となり、赤字額の合計は1兆2560億円になる見通し。政府の観光支援事業「Go To トラベル」の効果は一部で出ているものの、出張需要や訪日客需要は回復のメドが立たない。各社は固定費削減を急ぐ。」これは、2020年11月13日の日経新聞の記事を一部抜粋したものである。つい先日、米製薬大手ファイザー社が、新型コロナウイルスのワクチンに関する明るいニュースを届けたばかりだが、足元においては、鉄道業界を始め、航空業界もいまだに客足は戻らず、依然として厳しい状況が続いている。コロナウイルスの収束を待つだけでは、業績回復が見込めない可能性もある。鉄道業界と言えば、ホテルやターミナルビルのデパート事業など事業の多角化を進め、一部の会社を除けば、順調に業績を拡大させてきた多角化のお手本のような業界である。意外に思われるかもしれないが、JR九州では売上高を占める鉄道事業の比率は約3割でしかなく、多角化によるリスク分散はできていたようにも見える。しかし、今回の新型コロナウイルスの影響は、多角化した非鉄道事業にも打撃を与え、業績悪化に拍車をかけるように共倒れを引き起こし、結果としてリスクヘッジにはならなかった。事業の多角化は、企業の成長に向けた戦略であり、リスク分散だけが目的ではないが、本稿ではリスク分散の観点から、鉄道会社が歩むべき今後の多角化の在り方について、考えてみたい。

 

 まず、「多角化」について改めて紐解いてみると、「多角化」とは「経営戦略の父」と称されるイゴール・アンゾフが1965年に出版した著書「Corporate Strategy(邦題「企業戦略論」)」の中で提唱された「成長マトリクス」の中の戦略の一つであり、新市場に対して新商品を開発・販売していくという戦略である。更に、「多角化」戦略は「水平型」「垂直型」「集中型」「集成型」という4つのパターンに分類されている(以下ご参照)。「多角化」はビジネスを拡大させる大きなチャンスを掴むことができる一方、失敗のリスクも高く、チャンスを掴めることができるのは一握りであることが現実だ。「多角化」戦略を成功させる一般的なポイントとしては、全く未知の領域に参入するのではなく、主事業の周辺事業を模索し、現在ある人材や知識を応用して新規参入することのできる新規製品を開発することで、リスクを大幅に低減することができると言われている(「水平型))。

 

 「水平型」:既存の分野と近い業種・業態で事業を展開するパターン

       ☞オートバイを生産するホンダが自動車生産に進出

       ☞牛丼の吉野家がはなまるうどんを運営

 「垂直型」:バリューチェーンの上流または下流へと事業進出を展開するパターン

       ☞ユニクロを展開するファーストリテイリングが、衣料の自社による委託製造(SPA)を開始

       ☞テスラがバッテリー生産に乗り出す

 「集中型」:中核となる技術に関連する分野に事業拡大を図るパターン

       ☞携帯電話メーカーがデジタル時計を開発する

       ☞ダイソンがモーター技術を軸として、掃除機からヘアドライヤー、加湿扇風機に参入

 「集成型」:従来の事業領域とは全く異なる分野で、新しい製品やサービスを開発し、進出を図るパターン

       ☞カメラ関連事業を行う企業が化粧品や医薬品事業に進出

       ☞飲食事業を行う企業が美容室やエステサロンなど、全くの異業種に進出する

 

 

 企業全体としてのリスク分散という視点から考えると、「集成型」が一番多角化らしい「多角化」と言えるのだが、鉄道会社がどのような事業の多角化を進めてきたのか、整理すると以下の通りである(※1)。

 

  ・運輸事業(鉄道、バス、タクシー等):JR4社、民営14社

  ・不動産事業(開発、分譲、賃貸、仲介、管理等):JR4社、民営14社

  ・流通事業(百貨店、チェーンストア、ショッピングセンター等):JR4社、民営12社

  ・レジャーサービス事業(ホテル、旅館、ゴルフ場、ジム等):JR-社、民営11社

  ・運送事業(運送、物流等):JR-社、民営3社

  ・その他事業(建設、飲食、広告代理店、旅行代理店、ケーブルテレビ、エンタメ等):JR4社、民営14社

 

 このように見てみると、バスやタクシー、運送など既存の分野と近い業種・業態で事業を展開する「水平型」多角化と、不動産、流通、娯楽といった移動の「目的」となる事業での相乗効果を狙った「垂直型」多角化を進めてきたことがわかる。鉄道会社がリスク分散を目的にこれまで多角化を進めてきた訳ではないと考えるが、100年に1度の危機とも称される新型コロナウイルスに直面した今、このままで良いという訳にはいかないはずだ。民間企業であるとは言え、公共事業主である以上、経営上のリスク分散が不十分であったことに向き合う必要があるのではないだろうか。

 

 新型コロナウイルスが浮き彫りにしたことの一つは、今回の様な危機においては、鉄道業界に限らず、「水平型」と「垂直型」多角化によるリスク分散が不十分であるということである。そこで、私は「鉄道事業を中心に生き残ることを考えた上で、多少リスクを冒してでも「集中型」と「集成型」による多角化を模索すること」を推奨したい。

 

 ①「集中型」による多角化

 新市場を狙うという点で決してリスクが低い訳ではないが、マーケティングや技術の面で関連性を持たせることで新規参入のハードルを低くすることができ、技術・人材・販売の効率化やブランド力などのシナジー効果を期待することもできるため、有効なアプローチの一つであると考えられる。但し、私も何回か経験したことがあるのだが、「鉄道会社の資産や強みを活用して何かできないか?」という議論をしようとすると、「『Suica』によって収集した顧客データをいかに活用するか」という議論に置き換わりやすい。今回の危機を機に、自社の資産や強みを再度認識することで新たな解決の糸口を見つけてはどうだろうか。

 

 ②「集成型」による多角化

 リスク分散の観点からは「集成型」での事業展開が望ましいが、多角化戦略の中で最もリスクがあるとも言われており、容易に手を出せるものでもないことは言うまでもない。また、今回の新型コロナウイルスのようなことが再度起きるのであれば、例え異業種に進出したとしてもそれをもってリスクヘッジができるかと言うと保証はない。しかし、例えば、JR東日本が「JR東京総合病院」という病院を経営するように、緊急事態下においても社会に必要とされやすい公共事業、ないしは公共性の高い事業により進出していくことは、会社全体の事業継続性のリスクを少しでも下げられるものと考えられる。

 例)電力、ガス、鉄道、電話、銀行、学校、図書館、公園、病院、道路、港湾、上下水道の整備、河川の改修

 

 最後に、少し話は変わるが、新型コロナウイルスの流行の影響を受けて、世界のM&A取引は一時急減したものの、2020年7-9月期のグローバルM&Aマーケットは急速に回復し、M&A取引金額は新型コロナウイルスの流行以前を上回る水準に達しているようだ。背景としては、①金融緩和により買収のための資金調達を行いやすい環境となっていること、②業績の悪化により事業の売却を行う企業が出ていること、が挙げられており、業界再編も活発化しているようだ(※2)。

 しかし、上述してきた経営のリスク分散の観点からM&Aを通じた事業の多角化を進めている会社は少ないように思われる。鉄道会社に限らず、様々な企業の多角化経営の在り方がどのような道を歩むのか、注視して見守りたい。

 

 

<脚注>

※1:「情報センサー2018年11月号 業種別シリーズ」より抜粋

※2:「ニッセイ基礎研究所」より https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=65895&pno=2?site=nli

 ノラ猫

Recruit

採用情報

お客様と共に成長し続ける新しい仲間を求めています

Contact

お問い合わせ