2021.06.07
ステークホルダー資本主義への移行
アップルやアマゾンなど米国の大手CEOが参加する経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブル(BRT)は2019年8月「企業のパーパスに関する声明」を発表した。今回の声明では、従来のシェアホルダー(株主)第一主義からステークホルダー主義へと大きく転換し、世界の経営者たちを驚かせた。
BRTが設立されたのは1972年である。経済学者のフリードマンは当時企業の社会的責任とはその利益の最大化であるとし、以降株主利益の最大化を経営の目的とするシェアホルダーアプローチが経済界に定着、長く支持されてきた。この考え自体が間違っているとは思わないが、株主第一主義をアップデートする段階になってきている。
BRTは今回の声明において次のように述べている。「我々は顧客に価値をもたらし、従業員に投資し、サプライヤーと公正かつ論理的に取り引きし、地域社会を支援し、株主のために長期的価値を創出することにコミットする」と。株主に関する記載は最も下に示されており、従来の株主利益至上主義から決別し、新たなステークホルダー資本主義が芽生えた瞬間ともいえる。このような変化の要因について見ていくとする。
BRTの転換の背景には、利益資本主義による格差拡大による要因と気候変動リスクの要因が考えられる。前者では偏った富の分配等、市場メカニズムでは解決されないものだ。身近な例で見てみると、なぜコーヒーやチョコレートは安いのか?原産地から生産者が直接取引し、適正な対価を払うと、板チョコ1枚の値段は本来1000円前後となる。しかし私たちはそれよりはるかに安い価格でチョコレートを買っている。消費者は適正な対価や環境保護コストを生産者や流通に支払っていないからにほかならない。またかつてのCEOの報酬は平均的な労働者の20-50倍の収入であったが、今や300-1000倍の収入といわれている。投資に見合ったリターンを稼げない企業経営者に対して厳しく批判する物言う株主も増え、利益のために給与カットや解雇も容易になった。
さらに近年ではトーマス・ピケティが『21世紀の資本』の中でr(資本収益率)>g(経済成長率)であると指摘したように、資産運用によって得られる富は、労働によって得られる富よりも成長が早いことが明らかになってきた。つまり、裕福な人はより裕福に、労働者は相対的に貧困になるという、体感として感じていたことが現実であると証明されたのだ。
環境問題も地球規模で深刻化している。企業利益を最大化させるため環境には配慮しない資源の大量搾取、大量廃棄や環境汚染が進んできた。温室効果ガスの増大を放置すれば今世紀末には世界の平均気温は産業革命前と比べ最大で3.9度上昇し、都市の水没や異常気象が頻発すると、国連環境計画は指摘。海洋汚染や森林減少など、今日の我々は人類の活動がこのまま続けば、地球が限界を迎えることを現実的に受け止めだしている。
そのような時代に株主利益の最大化だけを企業の目的とするのは時代に合わなくなってきていると感じる人が増えてきているのだ。企業の存在意義や目的とは何か。それは価値の最大化である。企業が社会に提供する価値とは株主価値だけではなく、顧客、従業員、取引先、地域社会、などさまざまなステークホルダーの価値であり、労働者や地域社会、取引先企業に対してもバランスよく冨が還元されるのがステークホルダー資本主義といえよう。
ステークホルダー資本主義への移行ははじまったばかりである。定着するには企業の利益と社会の利益の両立が求められるが、その両立は簡単ではない。
最近では、うわべだけの環境配慮を示すグリーンウォッシュという言葉が流行している。製品・サービスのごく一部に再生紙や再生可能プラスチックを使うといったうわべだけのエコ活動を大々的に宣伝することであたかも企業活動のすべてがエコであるかのようなイメージになるように仕向けるといったものだ。身近な例だと衣料品のリサイクルもリサイクルボックスで洋服を回収するので、安心して新商品を買ってくださいといったものだ。そもそも洋服が日本国内だけでも毎年何十億着も捨てられるという、大量廃棄ありきの、アパレル産業の構造自体が問題である。SDGsの市場規模が莫大であるがゆえに免罪符を掲げて利益追従するケースも多くでてくるであろう。
株主の現在の利益水準を下げることなく、ESGに配慮しつつより長期的に高い成長を目指すことが果たして可能なのか。真の意味で市場はステークホルダー資本主義を許容できるのか、我々一人一人が審判役であり判断を問われるであろう。
エウロパ