2025.04.14
ひび割れ壺に贈る
4月、学校や企業で新しい節目を迎え、新生活に期待と不安を入り混じらせながら迎える人も多い季節だ。新しい生活ステージに足を踏み出された皆さんには心から喜びとお祝いを送りたく本稿を書こうと筆をとった次第である。
さて、私にはもうすぐ2歳になる息子がいる。日々子育てに奮闘して、自分自身も親として様々な気づきや学びを息子からもらっている。子育てをする中で先日とある方から一つ面白い話を聞いたので紹介したい。それは「ひび割れ壺の物語」というインドに古くから伝わる民話だ。簡単に概要を下記する。
~~インドのある水汲み人は天秤に主人の家まで水を運ぶ二つの壺をもっていた。片方の壺にはひびが入っていて、もう一つの壺が主人の家まで一滴の水をこぼさないのに対し、その壺は主人の家につく頃には半分しか水を運べない。ひび割れた壺はそんな自分を常に恥じており、ある日水汲み人に「すまない」と謝った。すると水汲み人は「主人の家に帰る途中、道端に咲いている花を見てごらん。」といい、「ぼくは、君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。 そして、君は毎日、ぼくたちが小川から帰る途中、水をまいてくれた。 この二年間、ぼくはご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。」といった~~
「私たちはみなそれぞれユニークなひびを持っている。親の仕事は、自分たちのひびを責めることでも子どものひびを責めることでもなく、子どものひびのために花の種をまくことである。」というのがこの物語の教訓だと教えてもらった。
ひび割れ壺はなぜ自分を恥じていたのだろうか。それは“水を運ぶ”という一つの軸で他人と比べていたからに他ならない。つまり一つの軸を基にした自身の相対的な価値づけによって恥じていたのだ。大事なのはひびも含めた自身の絶対的な価値づけをどう見出すかということにある。言い換えれば、なにか特定の軸で比較する相対価値に執着するのではなく、ありのままの“いま・ここ・自分”の絶対価値を大事にするべきであるということだ。
さて、この話、何も子育てに限った話ではなく、昨今の組織マネジメントのあり方にも通底するところがあるのではないだろうか。
ダイバーシティ経営といった言葉が登場し、多様性を組織の力に変えていくことが重要視されている昨今、組織のメンバーひとりひとりの絶対価値をどう見極め、どう引き出し、どう最大化させられるかで組織の底力が問われている。現場でマネジメントを担う人の中にはこれがうまくできずに若手社員が辞めていってしまって悩んでいるという方も少なくないだろう。では、どうすればよいのか。私は大きく3つのステップがあると考える。
Step-1:対話の場づくり(ひびを見せる/見つける)
まずは、メンバーとの対話の場づくりを行い、マネージャーである自分のひびを開示しつつ、メンバーのひびを見つけ相互に理解しあうことが重要だ。組織の成功循環モデルを提唱したダニエル・キム氏も関係の質を高めることから好循環が回り始めると述べている通り、お互いの特性を理解しあう場づくりのデザインが求められるだろう。
Step-2:認める環境・仕組みづくり(ひびを認める/受け入れる、種をまく)
お互いの特性を理解しあったら、会社や組織の中でそれを活かせる環境や仕組みを整えていくことが大事になる。どの会社/組織にも目指すべき目標があり、その目標が個人の目標に落とし込まれて日々の仕事ぶりを評価するというコミュニケーションはあると思うが、ここのコミュニケーションが一つの評価軸でしか語られない環境だとなかなかお互いの特性を認める文化は育みづらい。例えば、売上目標に到達したか/してないかだけでコミュニケーションしていては、メンバーは売上という比較軸に基づく相対価値でしか自分を評価・受容することができず苦しむことになる。人事制度を変えるまでいかなくとも、現場で自身が管掌する組織単位で日々の仕事を(しているメンバー個人の絶対価値を)認め合い讃えあう仕組みを用意できると良い。
Step-3:支援する(花を咲かせる)
お互いの特性を理解しあい、それを組織的に受け入れる準備ができたら、あとは日々のコミュニケーションをしながら花を咲かせ、その花を組織で愉しむことだ。このとき重要なのは、メンバーとのコミュニケーションの中で絶対価値を発揮できているシーンにであったときにクイックにフィードバックしてあげることだ。時間がたってしまうと、お互いに記憶は曖昧になるし、とってつけたようなコミュニケーションになってしまう。メンバー本人にその価値をその場・その時にしっかりと気づかせてあげながら大きな花が咲くように支援してあげられると良い。
さて、今の時代、様々な面でルールチェンジが起きており、成長する企業とそうでない企業の選別がよりシビアに行われていっているように思う。代表的なルールチェンジがリニアエコノミー型からサーキュラーエコノミー型への転換となる資本主義のルールチェンジだ。追い求めるべき成長の指標はGDPからSDGsにかわり、持続可能性がベースにあるビジネスが成長の機会をつかんでいる。そして、本稿のテーマも大きな観点でいえば、民主主義のルールチェンジであり、それが企業経営の成長のチャンスになっているとみることもできるのではないか。すなわち、「個の権利と選挙による意思決定」という近代的民主主義から「関係性、参加、包摂、多様性を基盤とした」民主主義へとルールチェンジが進んでおり、これが企業経営の新たな軸、新たなチャンスになってきている。分かり易く言えば、SNSなどで個の力が拡大されやすくなった影響もあり、社会全体が「選ばれた人が決める」形から「多様な声がつながりあい、共に考える」形に変わってきていて、これを企業経営に置き換えるとトップダウンで「決める→やらせる」ヒエラルキー型のプロセスから「対話→納得→実行」のコミュニティ型のプロセスが重視されるようになってきているということだ。“人的資本経営”といったキーワードが声高に叫ばれ、非財務指標として株主からも評価されるようになってきていることが何よりの証拠ではないだろうか。
現場のマネージャーたちは時代の変化に対応しながら組織の力を最大化させることが求められ日々そのやり方・在り様に苦悩していると思うが、ぜひメンバーの絶対価値を活かしたマネジメントという視点で組織の成長を促してもらえればと思う。
先日、家の近くの公園にふらっと桜の花を見に行ったが、今年の桜はなかなか散らないなぁと眺めながら力強く咲き誇るその姿に心が動く自分がいた。あの桜のように、これからの皆さんの人生が豊かに力強く咲き誇るように願うばかりである。
※参考:「ひびわれ壺 子育てに大切なことがわかる小さな物語」 菅原裕子 著・訳
ハッピーホーム