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2025.08.18

「まぁ大丈夫だろう」が命取り 自分と大事な人を守るために

 7月を振り返ると、印象に残ったニュースが2件あった。1つは静岡県松崎町での男子中学生の溺水事故。海水浴場の開設期間前に遊泳しており、発見当時は一人で泳いでいたという。私は当該町のライフセービングクラブに所属しており、開設期間外の事故ゆえに、クラブとしては何とも無力感を覚えた。
 もう1件は青森県の河川での親子溺水事故。母親が川に落ちたボールを拾おうとし、その後に子ども2人も川に入り、3人とも溺れてしまった。子どもは目撃者に命を取り留めたが、母親は消防が意識不明の状態で発見し、その後帰らぬ人となった。
 両件に限らず、水辺では毎年悲劇が起きている。被害に遭われた方々とご遺族に対し、謹んで哀悼の意を表したい。

 

 このような水難は国内で増加傾向であり、令和6年は発生1,535件(昨対 +143件)/水難者1,753人(昨対 +86人)/死者・行方不明816人(昨対 +73人)と、過去10年で最多である(発生1件に対し、水難者が複数人のケースあり)。 年齢でみると、高校~65歳未満が51.0%、65歳以上が34.2%、中学生以下は10.9%を占める。 場所別では、死者・行方不明の45.6%が海、35.3%が河川で発生している。他の傾向としては、中学生以下は64.3%が河川で発生し、海よりも多い[1]。

 水難事故が増加している背景として、①泳力の低下、②水辺リスク知識の不足、③監視体制(LS=ライフセーバー/ライフガード)の不足、④護岸・海岸などインフラの老朽化・整備不足――が複合しているとみる。

 

 ①    の泳力は、OECD(経済協力開発機構)が世界的に気候変動の適応に不可欠なスキルとして示している。世界中での自力で泳げる人の割合を見ると、日本は62.5%。同じ島国の豪87%前後、ニュージーランド84%前後、英95%と差が大きい[2]。また、日本人の泳力は年々低下傾向にあり、その要因は昨今ニュースで取り上げられる「学校水泳の縮小」が大きく影響している。縮小の理由は、プールの老朽化・財政難・教員負担・猛暑リスクが挙げられ、2020年の新型コロナウイルス蔓延を皮切りに縮小され始めている。結果として、埼玉県の調査によると、小6男子でクロール25mを泳ぎ切れる割合が2019年度82%に対し、2023年度54%となった。女子や泳法が異なると、さらに低下傾向となる[3]。
 学校水泳の縮小は、「体力・技術」が身につかないだけでなく、水に触れて学ぶ機会が減ることで、水辺リスクを知る機会がなくなる。この状態で、これまでと同様に海や河辺でレジャーを楽しめば、水難事故に見舞われる可能性も高くなるだろう。加えて、LSの減少や海岸や護岸整備が行き届かなければ、水難のリスクを下げる要因が見当たらない。

 

 では、学校水泳の縮小に歯止めをかけられるかというと、現実的には難しい。少子高齢化により税収は伸びにくく、子どもの数が減っていく環境かつ、泳げない子どもが大人になることで指導者減少にもつながり、学校水泳は減ることはあっても増えることはないだろう。

 また、海水浴場では監視員の確保が難しく、河川でも上流の降雨・放流等に迅速対応できる常時監視は難しい。これらのことから、水辺遊びは「命に関わるリスクを伴う遊び」だという認識が必要だ。

 

 では、このような環境の下でも、水辺の遊びを楽しむ(水難事故のリスクを最小限にとどめ、自身と同伴した友人や家族を守る)にはどうしたらよいのか?

 このコラムを読んでいる方に向け、私がLSとして活動していた知見を踏まえ「公的機関(自治体・学校)面」「水辺で遊ぶ当人」の両面に向け、必要なことをお伝えしたい。

 

 まず、自治体や学校では、サバイバルスイミングの“最小実技”を、既存の座学カリキュラムに埋め込むことが必要かと考える。タイでは、2~4歳からの毎日反復学習と小学校での“浮いて助かる”訓練や活動により、子どもの溺死を20年で半減させている[4]。「着衣のまま浮いて呼吸を確保する」「大声や合図で助けを呼ぶ」「ペットボトルやロープで“投げる・引く”救助を行う」といった基礎は、体育や保健の授業でも繰り返し学び、プールがなくても訓練することは可能な内容もある。あわせて、市民プール・民間スイミングスクール・ライフセービング協会(または地域クラブ)・消防といった地域資源を活用することで、設備的な課題も解消できるだろう。京都市の委託モデルでは、コスト削減と指導の質向上が報告されており、同様の仕組みは他地域でも応用可能だ[5]。

 他にも、タイでは地域ぐるみの見守り・通報・道具配布でも効果を上げている。特に重要なのはライフジャケットの着用意識の醸成と普及である。ライフジャケットの着用者は非着用者に比べて死者・行方不明の割合が、釣りで12%、遊泳で21%、磯遊びで32%も低い。しかし、日本の現状着用率は、水遊び・遊泳では13.0%、子どもは川・湖での着用率が25.1%なのに対し海では10.8%にとどまっている[6]。ライフジャケットは水辺遊び時の必須アイテムだという認識は低いと言わざるを得ない。

 

 また、水辺で遊ぶ当人に向け、安全に過ごすためのマインド・知識・行動を変えることも提案したい。まずは行き先の状況を把握し、遊び方を変えるだけで、リスクは大きく下げられる。中学生以下の致命的な事故は、海よりも川での発生比率が高い(64.3%)¹。海であればLSがいる可能性があるが、川に限ってはLSがほとんどおらず、海よりも自己管理が求められる。川で遊ぶのであれば、LSが海水浴場の遊泳可否判断に向けて毎日確認する天候や5水(水深・水流・水温・水質・水底)情報を把握しておくことが、最初の安全策になる。

また、子どもは「泳ぐ」よりも「水遊び(ボール/浮き輪/生物観察 等)」中の事故が最多という事実がある。中学生以下の死者・行方不明の行為別の結果を見る限り、水遊びが53.6%を占めている¹。水辺に立ち寄るだけでも、足元の変化や流れの局所的な強さで危機は起きる。「水に触れる可能性がある=溺水リスクが立ち上がる」という前提で遊ぶ準備を整えてほしい。

 また、ライフジャケットはクルマのシートベルトと同じように、ドライブ時の必須装備くらいに重要だと考えた方がいい。ライフジャケットを着用しない理由として、「浅いから大丈夫」「流される危険は少ないから」「持っていなかった」が多かった。浅瀬でも波や流れは人を転ばせる。その際に頭を打って意識が無くなれば、例え数センチの水深でも、顔が沈めば呼吸は奪われる。“今日は浅瀬の水遊びだけ”、というちょっとした油断がその後の後悔につながるのである。着用をためらう理由にはならない。

 中学生以上になると保護者の帯同が無くなり、友人だけで遊ぶ人も増えてくる。命を守ることよりも楽しむことに意識が向きやすい故に、幼少期から保護者が徹底することで「ライフジャケットの着用が当たり前」を目指してほしい。

 行動面では、自らを過信した行為(無理な遊泳・危険な飛び込み 等)をしないことは大前提だが、有事の際は「被救助者は最初に浮いて呼吸を確保し、次に助けを呼ぶ。救助者は“伸ばす・投げる”から」が基本である。よくある例として、救助者が一目散に駆けつける(飛び込む)直接救助があるが、これは二次被害につながる典型的な例である。LSが最初に学ぶ大原則としても、まずは自分の身を守ることを学ぶ。たとえ近親者であっても冷静になり、道具を介した間接救助を第一選択に置く。

 

 これらの最低限のマインド・知識を持ちながら、「場所を選び➡装備を整え➡正しく動く」の三点を、水辺遊び時の“いつもの型”にしてしまうことだ。統計が教えるのは、「川での子ども事故が多い」「泳ぐより水遊びが主因になりやすい」「ライフジャケットは効く」という3つの事実であり、これらはどれもその日から変えられる。

 

 水難事故は「避けられない運命」ではない。

 その為に、公的機関が環境を整える必要もあるが、LSの私から伝えられることは、最悪な運命を歩み始めないためにも、一時の楽をしたい感情や油断をしないでほしい。あくまでLSは、万が一最悪な運命へ足を踏み始めた際に軌道修正する「最終防衛線」である。故に「LSがいるから安心」と頼り切らず、レジャーを楽しむ人自身が最低限必要なマインド・知識に基づいた行動を徹底し、自ら律してほしい。

 また、これらはレジャーに限ることではない。日本は海に囲まれ河川・湖も多い国土であり、地震による津波や台風による河川氾濫という災害リスクが高い国である。OECDが提示するように、水泳や水辺で身を守る知識やスキルは、世界標準として身を守るために必須である。

 本コラムが、皆さんや大事な人の命を守るきっかけになれることを願っている。

 

Land

 


[1] 警視庁 「令和6年 水難の概況」

 https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r06_suinan_gaikyou.pdf

[2] OECD Skills Outlook 2023 「4.4. Physical skills needed to adapt to a changing climate」

 https://www.oecd.org/en/publications/2023/11/oecd-skills-outlook-2023_df859811/full-report/component-10.html#Wor19_db42c21b9d

[3] 埼玉県「令和5 年度調査結果から見える取組の成果と課題」

 https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/154807/06-hikkei.pdf

[4] World Health Organization「Preventing drowning」

 https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/352699/9789240046726-eng.pdf?sequence=1

[5] 京都市教育委員会「スイミングスクール等民間業者と連携した水泳授業の試行実施」

 https://www.city.kyoto.lg.jp/kyoiku/page/0000341399.html

[6] 東京都商品等安全対策協議会「ライフジャケットの着用と安全な使用に係る現状と課題」

 https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.lg.jp/anzen/kyougikai/r6/documents/r6kyogikai-2_handout-01-4.pdf

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