2025.09.16
組織力学を幾何学する
みなさんは、空気が入って膨らんでいる風船を割ったり空気を抜いたりすることなく完全に裏返しにすることができるだろうか。
現実世界で生きる私たちにとっては、この問いは無理難題に思え当然Noと答えるだろう。だが、数学の世界ではYes(“可能である”)と考える見方もある。なぜならば、この問いは三次元空間にある風船を三次元で生きる私たちの世界における問いだが、一つ次元を下げ二次元の世界で同様の問いを考えてみると少し違う見方ができるからである。この問いの次元を下げると「(二次元である平面の)床に置いてある下敷きを、(二次元に生きていると仮定する生き物として)アリは裏返すことができるか」という問いになり、アリからすると先の問いと同様に無理難題に思えるが、三次元で生きる私たちからすれば容易に裏返すことはできるからである。つまり、二次元平面のものを一度三次元空間に移し、三次元空間で裏返してから二次元平面に戻せば下敷きは裏返すことができるのである。では、風船の場合も三次元空間から四次元空間に移し、四次元空間で裏返してから三次元空間に戻せば裏返すことができるのではないか、と数学者たちは考えるのだ。
このように、数学の魅力の一つは、極端にシンプル化した“数”や“点・線”(幾何学の世界では無定義用語という)で世界を構築することで、現実世界の複雑な事象を説明してしまうことにある。実際に、数学のものの見方・考え方が複雑な現実世界を読み解き今の発展を導いているケースは枚挙にいとまがない。
さて、私はいま様々な企業の組織開発に関する課題と日々向き合っている。社内のコミュニケーションがうまくいかない、意思決定のスピードが遅い、チャレンジがなかなか組織から生まれない、社風が良くなく退職者が多いなどなど、特に人的資本経営が声高に叫ばれるようになってから組織開発に関するいろいろな問題が表出している企業も多い。そこでふと、数学のものの見方・考え方で組織の課題を解決しようとするとどういう景色が広がるのだろうか、とふと夢想してみた。
一つ仮説で考えたのは、数学の世界の武器である極端にシンプル化するという考え方を使うと、組織構造や組織力学は配置されている「人を点」とし「その関係性を線」で描くことで、図形で表現できるのではないだろうか、というものだ。簡単に言うと、組織の中にはいろいろなタテヨコナナメのつながりがあるが、それを点や線で表現したときに美しい図形を保っていればいるほど組織は強い組織になるのではないだろうか、という仮説である。例えばトップに社長がいて、その下に経営幹部が数名おり、その下に・・・・と階層構造ができているときに、それぞれを点で表し、それぞれのコミュニケーションの度合いや関係性を線の太さや長さで表したときに、いびつな図形が出来上がる企業は何かしらバランスを崩しており、そのいびつさを解消するアプローチが組織を強くするアプローチとして有効だと捉える見方があるのではないかと考えた。一度その見方をしてみると、世の中の組織構造が少し面白く見えてくる。
例えば、構造力学的観点からも図形としての強度は四角形よりも三角形のほうが強いとされる。実際に、ビルなどの構造物を安定にしているのは長方形ではなく三角形である。四角形は角に圧力が加えられた際、曲げモーメントが発生しねじれや変形が起こりやすいのに対し、三角形は軸力しか発生せず変形しない強固な形だからである。実際、鉄橋や橋脚のトラス構造は四角形の中に斜めの部材を通すことで三角形を作り出し強度を保っている。では、組織に置き換えたときにはどうだろうか。例えば、社長がトップでその下の経営幹部が4人いる企業の場合は、図形として四角錐をなすが、もし経営幹部陣(四角錐の底面の四角形)の相互のコミュニケーションが弱い場合は、外部からの力や変化に少し弱いアンバランスな構造になっているのかもしれない。
こういう見方をした場合、企業の組織力学を強化する(いびつさを解消する)アプローチには次の観点が考えられる。
- 点を増やす・位置を変える
先ほどの四角形と三角形の話ではないが、組織構造を点や線で表現したときに、要となる点を増やしたり配置しなおすことで、組織の中の三角形を増やし強化する。例えば、先ほどの四角錐を形作るボードメンバーでうまくいっていない場合、経営幹部4名のうちの1名を副社長として社長直下に置き、副社長を支える経営幹部3名という構造にすると副社長を頂点とした正四面体(三角形4つで構成される強い構造)を社長がけん引する構図になり、より意思決定のスピードが速くなったりうまく機能するのかもしれない。(他にも、経営幹部のうちの一人を外部監査役として他の経営幹部3名をサポートする位置におくと社長―経営幹部3名―外部監査役という複数の三角形で構成される正六面体となり、こちらも安定するかもしれない)
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線を増やす・強める
四角形の構造を形作っているのであれば、鉄橋や橋脚がトラス構造で強化されるのと同様、相互の斜めの線を強化することで組織を強化される。例えば、先の四角錐の例の場合、経営幹部同士のコミュニケーションや業務上の連携を役割として強化していくアプローチである。 -
線を伸ばす・縮める
コミュニケーションの距離を線の長さで表現したときに、全体の図形としてバランスを崩す線(図形でいう辺)があれば、それを伸ばしたり・縮めることで強化する。例えば、上司と部下の距離が遠すぎて倒れやすそうだったり、近すぎていびつな図形になっているときに、部下同士の距離感と同じくらいの距離感で上司とそれぞれの部下とのコミュニケーションのあり方を考え均一にすることで美しく強い図形になる。
上述した内容は、あくまで数学的なセンスでとらえた場合の仮説でありまだまだ夢想の域をでないが、あながち当たらずとも遠からずなのではないだろうかと思い本稿に記した。個人的には、これから組織開発の現場に様々立ち会う中でさらに研究していきたいテーマである。かの有名な諸葛孔明が掲げたとする“天下三分の計”も安定する三角形故に紡ぎえた計略であり、魏呉蜀の3国以外にもう1国強国があったら諸葛孔明はまた違う計略を練っていたのではないだろうかと妄想を膨らませながら筆をおくことにする。
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