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2026.05.20

森に帰る

 ストレスの解消って普段はどうされていますか、と社員に質問された。どうかされましたか、と私は質問を返していた。質問に質問を返すのは失礼だったか、と少しばかり悔やみはしたが、つい心配が口をついた。ああ、いえ、そういうわけでは、と幾分困った様子の社員なので、距離の置き方を間違えたか、うぬぼれていたのかもしれない、と思い当たり、もう一度私は悔やんだ。

 生来の素質か、あるいは素養か、私にはストレスを解消しようとした記憶がない。思いはしたが口に出せば一層社員を困らせるかもしれない、と口をつぐんだ。そして、そうそうストレスの解消方法でしたね、と仕切り直した。

 やはり森かなあ、と私。もり、ですか、と社員。そう森に帰る、ですね、と私。帰るんですか、と野生の猿でも見るかのような目の社員。無理もない。

 私は社員に森と言った。近隣には森がある。春は朝霧に芽吹きを宿し、夏は真昼の緑を滴らせ、秋には日暮れに黄色の雨が降り、冬は墨画の眠りにつく。変わらないのは森を統べる巨木の一樹であって、名を楠木という。楠木は久須乃木とも記され、由来は薬の木の転訛、あるいは永遠を意味する久須の木、他に霊妙を意味する奇し木などに由来するとする説もある。

 この森に、私は足を踏み入れる。楠木の一樹に会いに行く。三日と欠かさぬ習癖だ。ストレスを解消したいとの認識はない。だがストレスは、気づけば解消されている。何故だろう。

 この楠木は、私よりずっと長く生きている。おそらくは、私がいなくなった世界にも、この木はずっと生きている。見上げると身の滅ぶ恐怖が消えてゆく。息が深くなってゆく。触れると甘い香りが鼻孔に満ちる。久遠の古や終古の後々が、このひとときに静まり返る。見上げると視界が空を澄み渡る。そこには時間のくびきがなかった。私は森の中にいた。

 私は社員に帰ると言った。思えば原風景に森があった。十に満たない歳のことだ。木々の立ち姿、枝葉の姿。差し込む光と漂う粒子。獣の道や虫の棲み処。何もかもが定まらず移ろうさまは、無限の物語を紡ぎ上げた。それらは自由そのものだった。森は私を自由にしたし、景色は自由になった心の対象となっていった。そこには空間のくびきがなかった。私はそこに帰っていた。

 私は森に帰ると言った。自分に語りかける言葉だった。思えば原体験も森にあった。やはり十に満たない歳のことだ。家伝の武芸を受け継いで先へと繋ぐ者として、笹の刀で、私は時間と空間を切り払った。流れる汗が心までも代謝させた。

 ふと気がついた。私はストレスにまみれていた。私は森に救われていた。そして、森とは何かと考えた。生を超えて存在し続けるもの。原風景と原体験に根差すもの。代謝を促してくれるもの。きっと誰しも森をもっている。あの社員とは、もう一度ゆっくりと話しをしたい。

 

方丈の庵

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