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2008.09.17

過去の名作がよみがえる?出版社の再商品化戦略

 昨年の夏、集英社文庫から、大ヒットした漫画『DEATH NOTE』の作者、小畑健氏のイラストを表紙にした太宰治の『人間失格』新装版が発売され、話題を呼んだ。その商業的なヒットを受け、今年の夏は、芥川龍之介の『地獄変』と夏目漱石の『こころ』、川端康成の『伊豆の踊り子』、中原中也の『汚れちまった悲しみに』の4作品が、小畑健氏をはじめとする人気漫画家によるカバーイラストを装丁に用いて発売されている。また、角川文庫からは太宰治の『人間失格』を、映画版『DEATH NOTE』でL(エル)役を演じた松山ケンイチ氏を装丁のカバーに起用した今夏の期間限定版として発売し、こちらも話題を呼んでいる。

 近年、インターネットの普及や若年層の「本離れ」の傾向から書籍販売の需要が落ち込み、雑誌の廃刊や出版社の倒産も相次いでいる。そのような中で、不朽の名作と呼ばれる書籍の文庫が、このように新たな装丁で発売される取り組みが一定の成果を納めている要因には何があるのか。

 まず、これらのイラストカバーによる文庫化は、従来の商品に新しい装丁を施すことでより新しい商品として売り出す「再商品化」の手法が取り入れられている。この手法は、冒頭の事例に限ったものではなく、文学作品の文庫においてはしばしば見られる手法である。また、P.F.ドラッカーの著作などビジネス書の名著においても、新たな装丁でコレクター収集を企図した再商品化が図られている。しかし、従来の「再商品化」は、名著のイメージを損なわないことを念頭に考えられており、内容を喚起しにくい表紙や、全体の時代背景を示す風景画であることが多く、その装丁にメッセージを盛り込むことはほとんどなかったと言っていい。

 ところが、冒頭に取り上げた新たな試みの中では、名作のカバーにありがちな抽象的な絵画もしくは風景画から、あえて強烈なイメージを呼び起こすキャラクターデザインのイラストへの変更を行ない、ターゲットとなる読者層に対して強い印象を与えている。このような実験的な試みを成功に導いた要因には、以下の二つが考えられる。

第一に、デザインの面での「イメージの一致」だ。小畑健氏のイラストによる『人間失格』では、作品の内容を想起させ、強くメッセージするイメージ戦略が成功している。『人間失格』は、その作品中で自らの孤独に耐えられずに自分を「人間を失格したのだ」と位置づける青年を描いており、『DEATH NOTE』では、青年が自身の強い正義感から、その正義を信じるあまり傲慢な殺人者へと変わっていく様を描いている。ふたつの作品が共に、人間の内なる暗闇を描き、「人はどうあるべきか」という共通の問いを投げかけていることで、本作品のカバーイラストが「人間失格」という言葉の響きに同調して、見る者に作品を手に取らせるだけのインパクトを備えているといえる。

第二に、タイミングの面で「流行の勢いへの同調」が挙げられる。時期的に見て、小畑健氏のイラストを取り入れた本作品が発表されたのは2007年の夏であり、『DEATH NOTE』の熱狂が続いているタイミングである。従って、大多数の消費者が小畑健氏のイラストを見て即座にイメージするのは『DEATH NOTE』であるという状況であった。そのような状況下だからこそ、『人間失格』の世界観と、『DEATH NOTE』の世界観を同一のカテゴリに括りうるイメージの一致が、驚きと新鮮さを持って消費者に受け止められ、話題になる効果が期待できる。

 このカバーイラストを見て、元々『人間失格』に興味を抱いていた読者層が、その話題性から他の媒体ではなく集英社の文庫を選択的に購入することが見込まれる。また、『DEATH NOTE』の読者が過去の名作に興味を抱くきっかけとなって購入者の裾野が広がることや、さらには『人間失格』を読むつもりがないままカバーイラスト欲しさに購入する小畑健氏のファンが購入することも期待される。そのような、いわば「ジャケット買い」を可能にするのは、『人間失格』と小畑健氏のイラストというコラボレーションが、「イメージの一致」と「流行の勢いへの同調」という2つの要因を満たすことでターゲットに対する訴求力を強化させたためといえる。

 再商品化はもともと、ターゲットとなる顧客市場を捉え直したり、販売促進プロモーションの改善によって販売数を強化することを指す。ニンテンドーのゲーム機が良い例だ。従来のゲーム機がゲームプレイヤー層だけを対象としていたのに対し、ニンテンドーのWiiやDSでは、そのソフトウェアにフィットネスや学習、料理などの実利的な要素を取り入れることで従来のゲームプレイヤー層の枠を超えて、これまでゲーム機を手に取ったことがない人へ、と顧客市場を拡大している。

ところが、書籍のように内容を変えることのできない商品は、再商品化の余地が限られている。その中で再商品化を成功させた事例としては注目に値する成果であり、今夏の各社の読書フェアの様相を見ても、今後同様の手法で再商品化、もしくは商品化が図られていく傾向は強まるであろう。ただ、当該漫画家のファンに対する訴求効果があったとしても、話題性や発売部数などにおいては、同じような効果が今後も継続的に期待されるとは考えにくい。手法そのものが陳腐化していく、という理由もあるが、そもそも『人間失格』の例ほどの「イメージの一致」と「流行の勢いへの同調」がいかに困難であるかは、今夏の集英社文庫のナツイチ作品を見ても想像に難くない。残念ながら、今夏の4作品に関しては、昨年の『人間失格』に及ぶインパクトを市場に対して与えることが出来なかった。なぜなら、これらの4作品においては、イラストを描く漫画家の持つ作品イメージと名作文庫とのイメージの一致や、そのイラストの持つ社会的な勢いが弱く、単なる「人気漫画家による表紙絵」でしかないからだ。

 ジェームス.W.ヤングによれば、アイデアとは、ゼロから生まれるものではなく、既存のアイデアの組み合わせから生まれるものだという。名作文庫の再商品化では、「人間失格などの既存の名著」と「現在において勢いのあるヒット作品(もしくは人)」を、そのイメージの共通性を引き出して組み合わせたことで、名作に斬新なイメージを付与し、読者層に対して新たな魅力を提供している。企業の成長は、このような様々な組み合わせから生まれた実験的なアイデアが根底にあって、技術革新や新商品の開発に結び付くことで実現されていくものである。出版業界においても、文学作品とその装丁ばかりでなく、「本屋」と「おもちゃ屋」を組み合わせたVILLAGE VANGUARDや、「本屋」と「カフェ」を組み合わせたブックカフェという新形態の店舗のように、店舗の在り方や、売り方の側面でも実験的な組み合わせの試みを成功させている事例は数多くある。そのような試みを積み重ねることは、出版業界を活性化させ書籍販売の向上につながるだろう。『人間失格』の成功体験に傾倒して追従するばかりではなく、既成の枠組みに捉われない新たな「組み合わせ=アイデア」を次々と発案し、昨今の「本離れ」の打開へと繋げていってもらいたい。

 夏の猛暑も過ぎ去り、少しずつ秋の気配が近づいている。秋の夜長、新たな装丁の名作を手に取ってみてはいかがだろうか。
 

馥郁梅香

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