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2009.01.30

証券税制改正は日本経済の危機を救うか

 2009年1月7日、日本経済新聞の第一面に対日直接投資を促進するための証券税制改正に関する政府の方針が報道された。海外投資家が日本企業へ投資を行なう際、一定の条件を満たす場合に株式譲渡益を非課税にするという主旨の記事だ。

 通常、海外投資家が日本に対して投資を行う場合、日本国内の事情に精通していないためファンドを通じた投資を行う。元々、海外の機関投資家が日本の株式市場でキャピタルゲインを得た場合、実行税率にしておよそ40%と、世界最高水準の法人税がなされる仕組みとなっているため、対日投資の障害であると評されていた。非課税対象となるのは、こうしたファンドを経由する投資であり、特定投資家のファンドへの出資比率が25%未満であることなど、いくつかの条件を満たす場合に株式譲渡益に対する非課税とする。また、日本に拠点のない既存ファンド経由の投資も対象となるが、資金流入の安定性を担保するため、日本企業への一年以上の投資実績を前提としている。

 サブプライムローンに端を発する世界金融不安の影響で、2008年1月からの1年間で日経平均は16,000円から8,000円付近まで、半分近く値が下がった。政府は4月の税制改正に向けて、低迷する株式市場に資金を呼び込むための有効な打ち手を模索しているといえるだろう。

 海外からの直接投資を増やすことは、株式市場を活性化させ企業に資金が回りやすくなる効果がある。投資先企業の経営状態が改善すれば雇用が増え、日本経済の成長につながっていく。現在、株式市場が低迷し、財務状況の悪化に伴う雇用の減少や消費の低迷が進行する中で、企業への資金供給を円滑にする施策は有効に思える。しかし、今回の施策が日本の長期的な経済成長に与えるリスクは十分に検討できているのだろうか、と疑問が残る。ある施策を実行する際には、その背面に潜むリスクを回避するための施策がセットになっていなければ、思わぬ副作用を生じる結果を引き起こす可能性がある。

 では、対日投資の株式譲渡益に対する非課税がもたらしうるリスクとは何だろうか。

 現在、世界的に金融不安が生じている背景には、金融機関によってサブプライムローン債権を裏付けとした小口証券が数多くの金融商品に組み込まれていたことや、サブプライムローンの破綻による損失を穴埋めするために流動性の高い債券や株式の売却を行われたことが密接に関わっている。日本では、金融機関のサブプライムローン関連証券の保有比率が低かったことから、サブプライムローン問題が直接金融機関に与えた損失は比較的少なかったと言われている。また、世界の金融市場の混乱、信用収縮の影響で株価の急落が発生しているが、それでもアメリカやイギリスに比べるとその影響はまだ小さいだろう。その理由には、海外からの対日直接投資の残高が対GDP比率で約2.5%(2006年末時点、IMF International Financial Statistics)と小さいこともその一因に挙げられる。諸外国の対内直接投資残高GDP比率を見ると、イギリスで44.6%、アメリカで13.5%だ。これらの資金が、サブプライムローンの破綻によって一斉に引き揚げられたことが、各国の金融に大きな影響を与えた。投資資金は短期的な流動性が高く、今回のような世界規模の金融危機ではないにしろ、日本の経済状況や個別の企業の経営状態に応じて容易に市場から引き揚げられる可能性の高い資金であるという側面を忘れてはならない。

 仮に、日本の対内直接投資残高のGDP比率が高まった状態で、日本の不況や金融不安によって海外資金の一斉引き揚げが起こったら、日本国内にどのような影響があるか。

 企業経営において海外資金に対する依存率が高まっている状態で海外資金が引き揚げられると、株価の暴落に加えて、企業のキャッシュフローが立ち行かなくなり倒産・失業が発生する。また、サブプライムローン問題のように、実体経済をかけ離れた値動きで日本の株式市場にバブルを引き起こし、再び暴落を招く可能性もある。資金引き揚げによる株価の暴落は、投資資金への依存率が高くなるほどその下落幅は大きくなるだろう。その時、日本には実体経済で暴落を食い止めるだけの内需を保てるか。

 すなわち、今回の税制改正による海外投資資金の優遇施策は、日本の株式市場に資金を呼び込むための施策であると同時に、サブプライムローンのような国際金融危機に際して、投資資金の一斉引き揚げに対する日本の脆弱性を高める施策ともいえるのだ。

 施策の有効性もまた、一考の余地がある。株式市場に資金を呼び込み、企業への資金供給が円滑になれば日本経済の活性化にもつながる施策となるだろうが、この施策によって本当に海外投資家を日本のマーケットに呼び込むことができるのだろうか。国際貿易投資研究所が統計を発表している日本の投資収支を見ると、2005年からマイナスが続いている。これは海外から日本に入ってくる資金量よりも、日本から海外へ流出する資金量の方が上回っていることを示している。日本国内の投資資金が海外に流出しているのは、海外と日本のマーケットを比較して海外マーケットの方が魅力的であると考えられていることに他ならないだろう。その現状に対して、国内投資資金の優遇措置は据え置きで海外投資資金を非課税にする施策は合理性があるといえるだろうか。日本国内の投資家が魅力的と感じない日本の株式市場に、非課税という誘因で海外の投資資金を呼び込んだところで、それは日本の実体経済を踏まえた安定資金にはなりえない。

 日本のマーケットが世界から取り残されないためにも、海外からの対日直接投資に対する優遇施策は必要との声はこれまでも日本や海外の金融界からあがっていた。

 しかし、日本のマーケットを活性化し、世界のマーケットと競争力を持つ市場へ成長させていくためには、実体経済の成長が必要不可欠なのだ。海外投資資金に対する二重課税の現状を是正して海外投資資金を呼び込むこと自体は間違っていないだろう。しかし、それだけでは不十分だ。実体経済を成長させ、日本国内の投資家にとっても魅力的なマーケットに変えていかないことには、今回の税制改正は無防備にドアを開け放ち、新たなリスクを背負いこむだけで終わってしまう。国内投資家に対する税制には再検討の余地がある。政府の施策は、マネーマーケットだけを対象とするのではなく、実体経済を成長させていくために企業支援の枠組みなどの施策を検討する必要もあるだろう。また、金融のグローバル化が大きく進展しているなかで、空売りなどの実体経済を伴わない動きに対する国際的なルールの整備をしていくことも、今後必ず世界的な課題として対応が求められるようになる。今回の税制改正を単なる選挙対策に終わらず今後の日本経済を成長させていく礎とするために、政府はそのリスクに目を向け、構造的な問題の解決を図っていかなければならない。
 

馥郁梅香

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