2010.08.31
挑戦者から王者に上り詰めた企業の見えざるジレンマ
次から次へとクリエイティブなデザインやコンセプトを送り出し、話題には事欠かないアップル(Apple Inc)。 しかしながら実は、同社にとってより本質的な危機が、この快進撃そのものに潜んでいるのではないか、と筆者は見ている。iPhone4の発売により、iPhone(=アップル)の一般化・大衆化がより進み、我々の日常生活の様々な場面においても実感できるようになってきた。街ではiPhoneを使っている人が溢れ、都内で私鉄・地下鉄など公共交通に乗っていると、老若男女お構いなく同じ車両で5人はiPhoneを触っているのではないか、と感じてしまうぐらいだ。iPhoneを購入してから、通勤時間の友が、文庫本からiPhoneに取って代わったという方も 少なくないであろう。 IBM、マイクロソフトといった同時代で最強のIT企業を専制君主に見立て、自らは「革命主義者」の役割を演じることで、少数派が愛用し個性を表現する「かっこいい」イメージをまとってきたのがアップルであり、アップルの非主流派としての「かっこよさ」こそがブランド力の源泉であったとも言える。その集大成が今日の成功の背景にあろう。 アップルには、「少数派だからこそかっこいい」、「エスタブリッシュメントに果敢に挑戦するからこそ応援したくなる」、「(みんなが持っていないから)持っていると個性を表現できる」的要素があり、だからこそ これまで「かっこいい」イメージが醸成されてきた。これからは、少数派が愛用し個性を表現できるかっこよさから、異なる要素で構成した「かっこいい」イメージを保ち続けなくてはならない。かつてのソニーは、デザインがよく、最先端の技術を、手軽に、提供し続けることで「かっこいい」イメージを醸成することに成功してきた。(ただし、ソニーはイメージを醸成する製品を市場に供給し続けることができなかったため「かっこいい」イメージを保持し続けられなくなった。) 経営者は、会社を成長させ、企業価値を増大させ、事業の存続のために選択可能な施策を企画立案し実行する全責任を担っている。これまで非主流派の立場だからこそ醸成できた「かっこよさ」 から、王者になった後に「かっこよさ」を継続させるべくは、経営者に課せられたミッションであると言えるであろう。 ユートピア
高機能携帯電話端末「iPhone4」の受信トラブルで近年では珍しく逆風を受けたアップルではあるが、4~6月期決算で改めて強さを見せつけている。売上高が前年同期比61%増の157億ドル(1兆3700億円)、純利益は78%増の33億ドル(2900億円)と、新興企業並みの高成長だ。
受信トラブルを巡っては米国において購入者から訴えられ、米専門誌に「購入を推奨しない」と評価されるなどの批判を浴びたものの、依然iPhone4は高い人気を維持しており、供給が追いついていない。現在では世界で200万台以上を販売していると推測されている。
日本市場では、発売直後に携帯電話全体の中でのシェアが12%に達しているといわれており、現在、日本で携帯電話全体の20%を占めているスマートフォンの半分以上をiPhone4が占めている計算になる。さらに、iPhone3(3GS)と合わせると、爆発的な伸びを見せるスマートフォン市場において、アップルがクープマンの目標値における独占的市場シェア(73.9%:短期的に見れば首位が絶対安全かつ優位独占の状態)に達しているのではないかとも推測される。
発売から2カ月が経過した現在でも予約してからしか購入することができず、即購入できる店頭在庫など、まずお目にかかれない。相も変わらず、購入申し込みから入荷まで1カ月以上待たされる状態が続いているのが実情だ。
アップルCEOのSteven Paul Jobs(ジョブズ氏)は薄利多売を基本とする熾烈な競争が繰り広げられる市場でも、十分な可処分所得を持つ層が無理なく買うことのできる人気ブランドを作ることが安定した利益を確保する道となることを経験的に見出し、iPodをはじめiPhone、iPadという製品を矢継ぎ早に展開してこれを具現化してきた。
最近のアップルのイメージ戦略の方向性を見ると、小粋で、おしゃれで、高級感があって、知的といった、多くの人々が“プチ贅沢”を身近に手に入れられるようなイメージを押し出してきており、ロジャースのイノベーション理論における、アーリーマジョリティー・レイトマジョリティー層をターゲットとした戦術を展開しているように見える。アップルは今、カウンターカルチャーとテクノロジーを愛する「革命主義者」のブランドから、ブルジョアジーの大衆ブランドへと意図的に切り変えようとしているのではないか。このまま一般化・大衆化へのイメージ変化が進むと、1976年の創業以来の、大多数の大衆とは一線を画す非主流派としての「革命主義者」といったイメージが薄れていくであろう。
そのアップルが今年になって時価総額ではマイクロソフトも抜き、世界最大のIT企業となった。市場の人気投票結果である時価総額だけでなく、実業面でもアップルの直近四半期の売上高はマイクロソフトの160億ドル(1兆3900億円)にほぼ並ぶ。しかも7~9月期の売上高は180億ドル(1兆5700億円)に伸びる見込みで、売り上げでもついにマイクロソフトを超える勢いで、遂に、王座に君臨する、その玉座が目の前にある。
非主流派から派生したモノ・サービスでも、一度普及して一般化・大衆化すれば「ありふれたもの」になってしまうことは避けられない。ニッチを席巻して市場にイノベーションを起こしマーケットのトップに上り詰めたアップルも今、自らの最大の強みであった少数派が愛用し個性を表現できる「かっこいい」というイメージを維持できなくなりつつあるというジレンマを抱えた王者になろうとしているのではないか。
ソニーに習うのであれば、アップルにも十分な資質があるであろう。王者になってなお「かっこいい」ブランドイメージを保ち続けるためには、ソニーができなかった、期待を裏切らない新製品を市場に供給し続けることがポイントとなろう。明日、9月1日午前10時(開催日時は米時間)には、サンフランシスコのYerba Buena Centerでスペシャルイベントが開催される予定だ。そこで、iPodの新型が発表されるのでは、との噂に人々の興味は集中しているが、アップルが作るテレビ(iTV)にこそ、王者アップルとしての「かっこいい」イメージを醸成する次の一手となることを期待したい。
この避けては通れないミッションは、マーケティングの天才と評されるジョブズ氏にとっても、創業以来、最も難しい挑戦になるかもしれない。現在の成功に胡坐をかくような話しを、ジョブズ氏の口から聞きたいと思っているような消費者は皆無であろう。絶頂期の今だからこそ、過去の自らを否定し、創造的破壊を伴うドラスティックな変革に一歩踏み出す勇気を、今のアップルに是非とも求めたい。
良くも悪くも期待を裏切ってくれるアップルのこと、前例を覆す我々の知らない「何か」を矢継ぎ早に供給すべく、既に準備がなされているのかもしれないが。