2010.10.25
タバコの値上げに思うこと
タバコの価格が上がった。この時を待っていましたとばかりに禁煙を後押しする動きが活発化している。 さて、日本国内の喫煙者の総数を「成人喫煙率(平成21年JT全国喫煙者率調査)」で見てみると、成人男性の平均喫煙率は38.9%で、ピーク時(昭和41年)の 83.7%と比較すると、43年間で44.8ポイント減少した。平成21年の男性の喫煙率が最も高い年代は30歳代で46.9%。 では、日本ではどのような観点から禁煙が進むのだろうか。防衛消費が定着化した日本では、タバコの高価格化で間違いなく禁煙率は高まる。加えて企業(オフィス)や飲食店での完全禁煙化、行政指導によるパブリックスペースの禁煙化が追い風となって更に進むだろう。 1)社員の健康管理 2)オフィスビル等の施設管理 3)業務の生産性 以上の観点が企業における禁煙を推進する主要因となる。都心(23区)の就業人口約700万人の禁煙に対する意識(喫煙マナーや、禁煙意欲)の変化は、日本全体に大きな影響を及ぼす事は間違いない。 東京丸の内には新しいオフィスビルが立ち並ぶ。ゆっくりと歩きながら、歩道を見てみるとタバコのポイ捨ての跡が殆どない事に気づく。公共施設でも同様だ。以前は駅のホームでは喫煙スペースがあったが今は皆無である。全面禁煙が実施されて久しいが、その時間経過と共に、パブリックスペースでの禁煙は今や都心では常識となっており、喫煙はTPOをわきまえて楽しむものといった考えが定着している。 個人的には禁煙に大賛成である。 しかし、自然の中でタバコをくゆらせる好好爺の姿を見ると、どこか心が癒される。
企業の動きを見てみると、健康促進という大義名分はあるものの、様々な禁煙支援策を打ち出している。具体的には「本人が禁煙に成功したら何らかの成功報酬を与える」というもので、大企業では福利厚生施設の利用ポイントを与えている例が多い。他にも、禁煙治療費を会社が負担するなど、あの手この手でバックアップしている。更には就業規則に禁煙を盛り込む企業も出てきた。より積極的に禁煙に取り組む企業には共通した点が見受けられる。それは、自社の経営理念に「人と社会の健康に貢献する」といった主旨が盛り込まれている点だ。当然、この手の理念を標榜している企業には、医薬品、食品、医療機器、スポーツ用品業界が多い。中でもより積極的な取り組みを見せているのは、自社の製品に禁煙補助剤がある医薬品業界である。自社の経営理念に照らして行動するという点からは十分に評価できる。穿った見方をすれば、上場企業ともなれば「人と社会の健康に貢献する企業が禁煙を積極的に励行しないのは理念に反する」と株主からお叱りを受けかねないという配慮もあるだろう。
一方、成人女性の平均喫煙率は11.9%であり、ピーク時(昭和41年)より漸減しているものの、ほぼ横ばい。平成21年の喫煙率が一番高いのは30歳代の16.8%であった。
また、同報告によると、2009年の世界禁煙デーのテーマは、「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」が採択されたことから喫煙・受動喫煙による健康被害を取り上げているとの事で、禁煙への取り組みは、健康被害の観点から世界的に進んでいく事が想定される。
今回は、禁煙率の高まりにおいて、1つの鍵を握る企業の動きにフォーカスして考えたい。企業においては、次の3つの観点から禁煙活動が広がるものと考えられる。
既に触れたように福利厚生的な観点から会社からの支援は広がっていく事が考えられる。日本人の死因のトップは癌であるが、その中でも肺がんが最も多いという事実は個人ベルではあまり知られていない。タバコの値上げと共に、肺がんリスクを更に強く再認識することに成功すれば、企業でも肺がん検査の充実と共に禁煙支援は更に広がるはずだ。健康保険料の負担増を減らす意味でも企業は予防に積極的にならざるをえない。
日本でも都心部では全面禁煙のオフィスビルが増加している。施設にタバコのヤニによる汚れが付かない事は施設管理側からすれば大きなメリットがあるが、入居者がタバコの匂いや汚れを嫌う傾向が強くなっている事も1つの理由だ。米国では小売店で買うよりもホテルで買うタバコの値段がかなり高い。ホテルのサービス料が付加されているとの見方もできるが、施設産業であるホテルの管理負担を増加させる原因となるタバコに課金しているのではないか?推測の域を超えないが、米国ではありえる考え方だ。
余談になるが、新しいオフィスビルの外には、必ずと言っていいほど、「焚き火エリア」がある。遠くから見ると、焚き火に人が群れているのかと思うほどの白煙なので、勝手に命名したものだが、非常に多くの愛煙家が群れている姿は街の美観を損ねる。
タバコ休憩は非喫煙者には無い休憩時間である。オフィスワーカーの活動原価計算をすれば、仮に同じ能力の喫煙者と非喫煙者では、喫煙者に喫煙の休憩時間が増える分、非喫煙者に比べて生産性が低くなる。まさに百害あって一利なしだ。企業では健康管理という観点から禁煙を推進している事が多いが、経営者の本音から言えば業務の生産性を下げる事にも大いに関心がある。
前述した就業規則に盛り込む企業には、この考え方が反映されており、就業時間中の喫煙が度々発覚した場合は、人事評価にも反映させる事を検討中だ。今後は業務の生産性に着眼した禁煙活動が増える事が考えられる。
この事には日本たばこ産業株式会社(以下JT)の活動による影響も非常に大きい。JTのマナー広告を見かけた人は多いだろう。どれだけのコストをかけてきたのかは定かではないが、“あなたが気づけばマナーは変わる。”をキャッチフレーズにした「マナーの気づき」篇としてのTVCM、新聞、ポスターなどを通じて啓発活動をよく目にする。また、JTでは、たばこ事業を行うにあたり、その基本姿勢を明らかにしている。
「たばこに関するJTの基本認識、たばこ事業運営指針、たばこ事業関連データ、成人の責任と選択、喫煙と健康に関するJTの考え方、たばこ製品の不法な取引に対する取り組み」などである。ここに記された内容を見ると、JTが何故たばこ事業を営むのか、これからたばこ事業はもとより、喫煙者・非喫煙者・社会・健康・政府等々とどのように向き合っていくのかを明らかにしている。特に、ネガティブな問題にも正面から取り組んでいる姿勢には感心する。
私たちは、タバコの値上げや、受動喫煙などの問題にばかり目を向けてしまいがちだが、喫煙者も非喫煙者も嫌煙家も自らの主張をする前提知識として、一度JTのたばこ事業の取り組み方を知るべきだ。更に、各国の事情や、自分たちが住む地域の自治体、あるいはNPO等の禁煙に関する取り組みにまで関心を広げる事ができれば、自らの考え方をより深める事が可能だ。このような情報収集は、企業であれば当然である。その上で、それぞれの立場の考え方と向きあい、企業として就業時間における喫煙の在り方はどうあるべきかを示す事が重要だ。単に「横にならえ」ではなく、自社の思想とそれぞれの立場に配慮し、十分な議論を交わした上での企業判断が求められる。このような判断にこそ理念ある経営が実行されているかどうかが見えてくる。まさに、魂は細部に宿る。
アーリーバード