2010.11.08
「社会的評価の追求力」が人の成長を支えるエネルギーとなる
企業が成長拡大を遂げる為に必要な人材を育てる為には、何をしなければならないのか。そのヒントを、企業社会とは異なる分野で第一人者として活躍しているプロフェッショナルに着目し、彼らがどのように成長してきたのかを紐解きながら、見出していこうと思う。 まず1人目のプロフェッショナルは、建築家の安藤忠雄氏。安藤氏は、打ち放しコンクリートによる住宅や商業建築、また文化施設などを手掛け、世界的に高い評価を得ている建築家である。また、その経歴もユニークで、建築を志す前は「プロボクサー」であったことや、建築家を目指すにあたり独学で建築を学んだことでも有名である。 2人目のプロフェッショナルは、工業デザイナーの奥山清行氏。奥山氏は、ゼネラルモーターズ社、ポルシェ社、ピニンファリーナ社を渡り歩き、ピニンフェリーナ社時代にフェラーリ社が創業55周年を記念して開発した「エンツォ・フェラーリ」のデザインを担当し、カーデザイナーとして世界的に高い評価を得ている。現在は、KEN OKUYAMA DESIGN 社のCEOを務め、ロボットや腕時計、テーマパークなどのデザインを手掛けている他、自ら立ち上げた山形工房ブランドの家具などを世界に発信している。 2人のプロフェッショナルに共通していることは、駆け出しの頃から第一人者となった今に至るまで一貫して、自分自身の仕事の成果に対する社会的評価を追求し続けてきた事である。この社会的評価の追求力こそが、プロフェッショナルとしての成長を支えたエネルギーとなっていたのは間違いない。人の成長を支えるエネルギーの源泉が、仕事に対する「社会的評価の追求力」である以上、企業も「社会的評価の追求力」を社員の人材育成に取り込む事が可能なはずだ。しかし、企業内ではこれを阻害する要因を抱えているケースが極めて多い。 阻害要因は大きく二つある。一つ目は、個人が自身の仕事の成果を社外に対して発表し、社会的評価を追求するような業務に関わるチャンスが殆どないことである。多くの場合、企業にとって優先されるべきは利益の確保と増大にある為、現場では無駄を省き、より効率的に仕事をする事を重要視する傾向が強くなっている。組織がこうなってしまっては、ビジネスを成長拡大していくことなど期待できず、衰退するのをただ待っているようなものだ。 人材マネジメントの本質は、人を通して企業価値を高める事にある事は言うまでもない。だからこそ「人の成長」と「組織の成長」は、常に一つの事として捉える意識が重要だ。人材マネジメントを担う立場にある方が、この意識を持っていれば、第一段階はクリアしていると言っていい。しかし、本当に大事なのは、行動が伴っているかどうか、である。人材マネジメントを担う立場にある方には、自分自身が前述の「2つの阻害要因」となっていないか、問い直して頂きたい。高い目標に挑戦することや未経験の事業やプロジェクトを担当する事や、部下が提案してくれる新たな取り組みに対して躊躇したり、消極的になってやらない理由を考えたりしていないか。もし、このような事をしているとしたら、あなたが抱える「人と組織」の成長はあり得ない。まず、あなた自身が行動できるよう自己改革を行い、自らの仕事の成果を世に問いかるプロフェッショナルなビジネスパーソンであることを周囲に示さなければならない。その上で、前掲の2名のプロフェッショナルのように、仕事を通じて部下が「社会的評価の追求力」を養うチャンスを与え、部下を育成していくことが求められる。自らも「社会的評価の追求力」を発揮しながら組織を牽引し、「人と組織」を継続的に成長させる事こそ、人材マネジメントを担う者のあるべき姿だ。
建築家が自らの建築を完成させる為には、まず自分の提案の価値をクライアントから認めてもらわなければならない。そして、施工業者や行政など、多くのステークホルダーの協力も必要となる。さらに、建築物を造る環境にも挑戦し、問題を克服しなければならないこともある。それは、例えば周囲の景観やその土地の歴史というある種の財産のようなものの時もあれば、その建築予定地や建て替え対象となる建築物を愛する人々の想いの時もあり、極小地や断崖地など物理的な制約であることもある。
しかし、安藤氏はそうした人間の想いや土地・建物の歴史を含めて、自分が理想とする姿を描き出し、具現化することを追求している。最終的に、その理想が常にクライアントに受け入れられるとは限らない。安藤氏自身、自著「建築家 安藤忠雄」の中で、「現実の社会で、本気で理想を追い求めようとすれば、必ず社会と衝突する。大抵、自分の思うようにはいかず、連戦連敗の日々を送ることになるだろう。それでも挑戦し続けるのが建築家という生き方だ。」と述べている。
安藤氏は、クライアントや施工業者などと調整しながらも、決して迎合することなく自らの理想に対する社会的評価を追求し続けて、その成果として多くの建築物を世に送り出してきた。安藤氏にとって、自らの成果に対する「社会的評価の追求力」が、自分の理想とする建築を実現させる大きなエネルギーであり、建築のプロフェッショナルとしての成長を支えた原動力の1つとなっていたのである。
奥山氏は、最初に入社したゼネラルモーターズ社では、外国人である自分の実力を認めてもらう為に、アメリカ人が10枚のスケッチを描くなら自分は100枚描く、と自分を周囲に認めさせる為に膨大なエネルギーを使うことを厭わなかった。そして、そのエネルギーが前述の「エンツォ・フェラーリ」の時に大爆発を見せる。最初にフェラーリにプレゼンした2年間掛かりで作り上げたデザインは、残念ながらすぐに却下された。当時の上司が必死に食い下がり、与えられたのは15分の猶予。この15分の間に、奥山氏はデザインを一から作り直し、相手を納得させるだけのデザインを生み出した。この時の奥山氏の頭には、過去の膨大なデザインが溢れ出し、この瞬間の為に何十年もかけて準備をしてきたのだと感じたという。まさに、自分のデザインの価値を、相手に認めさせようというエネルギーが大爆発した瞬間だったのだろう。
また、ピニンフェリーナ社では、デザイン部門の最高責任者を務め、自身が統括するプロジェクトには必ず複数のデザイナーをコンペ形式で競わせることを常としていた。当然、そこではデザイナー同士、また奥山氏とデザイナーの間で衝突が起きる。しかし、奥山氏は、自分のデザインや考えを衝突させることこそが、より良いデザインを生み、且つデザイナーを育てるのに必要な要素だと捉えている。
奥山氏にとって、自らの成果に対する「社会的評価の追求力」が、自分のデザインを具現化していく為の大きなエネルギーであり、また後進のデザイナーを育成する上でも重要な要素だと理解していたのである。
もう一つの阻害要因は、「社会的評価の追求力」を発揮できない経営層や管理職層の存在である。残念な事に、自分の任期を無難に過ごそうとか、自分達が満足できる結果さえあれば良いと考える者は少なくない。このような認識は、必ず部下や組織に悪影響を与える。残念ながらそういった経営者や管理職には、もはや席を外して頂くしかない。
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