2012.08.27
中高年対策は成長の機会!
平成22年度厚生労働白書によると「人口が減少する中で、一人当たりGDPを上げなければ中長期的にはGDP総額も縮小する恐れがある(現在日本の一人当たりGDPは世界17位)」との指摘がある。この指摘の中で特に問題視されている事の一つに、男女の就業率の差がある。日本人男性の就業率は世界2位であるが、女性の就業率は世界15位と低い。これに対して、一人当たりGDP世界1位のノルウェーは、男性就業率で世界3位、女性就業率は世界1位、同世界2位のスイスは、男性就業率で世界1位、女性就業率で世界3位、世界3位のデンマークも、男性就業率世界4位、女性就業率世界4位となっており、一人当たりGDP上位国では、男女共に就業率が高い。北欧諸国は、高福祉高負担という社会システムが働いているので、日本と単純な比較はできないものの、日本の一人当たりGDPを上げるためには、社会システムの改革を伴った、より多くの人たちが労働市場に参加出来るようになることが大きな課題となる。その結果女性の就業率も高まってくるものと考えられる。
同白書の指摘からもわかるように、「女性」の労働市場参加は大いに期待したいところだが、一人当たりGDPを上げるためには、女性の就業率アップだけに期待する事は難しく、「中高年層」の労働市場参加にも期待せざるをえない。折しも、改正高年齢者雇用安定法が平成25年4月に成立するため、企業は65歳まで社員の雇用を義務付けられることになる。60歳定年制をとってきた企業にとっては、残りの5年間をどのようにして雇用し続ければいいのかは、悩みの種になっている。日本は労働人口減少トレンドにある。その中で「女性と中高年層」が労働市場に参加する社会づくりは、国家同様、企業の課題でもある。そこで、企業経営の視点から「中高年社員対策」について考えてみたい。
先ず、企業の中高年対策における社内制度の整備には次の2つがある。
1)改正高年齢者雇用安定法の成立に伴う継続雇用制度(勤務延長制度/再雇用制度)の導入
2)諸条件の整備(人事制度の見直し、高年齢者の職業能力開発、作業施設の改善、職域拡大)
これらの社内制度の整備に企業が対応せざるを得ない訳だが、今回の法改正は企業に対して「社会の構造変化に対応し、あらゆる属性の人材を活かす経営基盤を整備すること」を要求していると受け止められる。労働力を確保するという点から見れば、法改正によって60歳‐65歳まで労働市場に参加してもらう事ができるようになった。問題は、あと5年間の就労期間で、継続雇用者がどのようにして価値を出し、企業に貢献できるのか?である。
例えば、60歳定年制に加え、55歳役職定年制などを併用している企業では、役職定年後の10年を会社で過ごすことになる。現在、継続雇用によって勤務している社員で、業績に大きく貢献する仕事に就いて、組織の陣頭指揮を取っている、るいは1プレイヤーとして業績に貢献している社員はごく少数に限られている。多くの場合、過去に経験のある業務の中で何らかの担当職としてアサインを受け、日々実務に従事している。勿論、過去のキャリアを活かすという点で、経験ある業務に従事していれば、仕事上で大きなミスを犯す事もなく安心して任せる事ができるというメリットはある、しかし、そこには継続雇用者である中高年社員にとって、新たな成長の機会がないのも事実だ。中高年社員を管理する現場のマネジャー達は、先輩や元上司である中高年者に対しては遠慮もある上、仕方なく使っているという感覚をもっている話をよく耳にする。ところが、仕方なく使えば、仕方なくしか働かないものだ。考えてみれば、これほど無駄な人材活用はない。ともすると、私達は中高年者の衰えにばかり目を向けてしまう。
本当に衰えているといえるのだろうか?
生涯発達心理学おいて、「結晶性知能」(何かの問題に直面した時に、過去の引き出しからヒントを引き出し応用する事で問題を解決する知能)は、積み重ねた知識や経験の量や機会が豊富であればあるほど発達し続ける事が証明されており、60歳を過ぎても「結晶性知能」は発達するという。 つまり、中高年社員の長年の職務経験は、実務で起こる様々な問題解決に役立つと考えられる。
また、2006年に行われたシニア就業意識調査(55歳~70歳)によると、仕事をする上で最も重視する価値観の中で、「困っている人を助ける」という貢献意欲が急激に高まる年代が65歳という結果がでている。 さらに、この設問と相関性が高い設問に、「成長できる」「人と接する」「仲間と一緒に仕事をする」「快適な環境」「将来の不安が無い」等がある。特に重要なポイントは、65歳を過ぎても「成長できる」こと、と「仲間と一緒に仕事をする」こと を大切にしている点である。これらは、中高年社員のモチベーションの源泉になると考えられ、彼らの職務経験を活かし、成長志向を刺激し、よき仲間と共に仕事が出きる職場を実現できれば、大いに活躍してもらえる可能性がある。そこで、幾つかの企業事例を調べ、この事を証明できるようなケースを探してみたところ、幾つかあてはまるケースがあった。
その中の一例を紹介すると、SI業界において、特定分野のシステムダウン時の技術的解決の経験を持つ中高年社員と、複数プロジェクトの統率経験のある社員を集めて、立ち上げた企業がある。この企業は、親会社のSI企業が受託しているシステムで問題が生じると、技術的解決能力のある人材と、顧客折衝・社内調整に長けた人材が同時に現場にアサインされ、迅速に問題解決にあたり若手社員の経験不足を補って余りある能力を発揮して企業に貢献し、かつ若手の育成にも一役買っている。更には、それらの問題解決の経験が、自己成長の機会にもなっている。このように、中高年社員の職務経験を活かし、本人の成長志向と、他人への貢献意欲を満たす事ができる職域開発は企業と社員、企業と顧客のどれを取ってもwin-winの関係になる。
只、このようなケースはまだまだ稀で、現実は継続雇用した中高年社員への業務アサインに苦慮しているというのが実態だ。そんな中で、新しい試みを始めた事で注目を集めているのは、タニタ総研(株)である。同社は、タニタ(株)本体組織の若返り促進と、高年齢者に新たな働く場を提供する事、60歳以上の雇用継続において、新たな会社に移籍して、心機一転して仕事に取り組むことをねらいに2011年4月に発足した。継続雇用対象者をタニタ本体から離れ、タニタ総研という新しい場を用意することは、継続雇用者にとっては、確かに気分を変えて前向きに仕事に向き合える。しかし、業務の実態を見ると、タニタ本体の業務請負が多く、新規事業の開拓が今後の課題となっている様だ。
新規事業開拓で注意しなくてはならないのは、職域開発が目的化してしまうことにある。
他社の成功事例や失敗事例を見る中で、中高年社員の活用を前提にした新規事業開発のKFS は4つある。その4つとは、①事業業 ニーズがあり、②自己成長の機会となり、③貢献意欲を満たせ、④良い仲間と支えあって仕事ができることだ。
これら4項目のKFSを満たせる新規事業開発の可能性の一つにソーシャルビジネスがあるのではないか
日本ではまだ根付いていないが、最も著名な事例として、バングラディッシュの貧困救済を目的として開始された、グラミン銀行が上げられる。農村の貧困者に小規模ローンを提供するマイクロファイナンスの仕組みの導入は成功を収め、現在40カ国以上で類似のプロジェクトがなされるようになった。その結果、世界銀行がグラミンタイプの金融計画を主導するようにまでなっている。グラミン銀行のマイクロファイナンスの仕組みは、上記4つのKFSを十分に満たしている。(同仕組みの詳細説明は割愛するが、ご存じ無い方は一度その内容を参照されることをお勧めしたい)
高齢化社会の日本では、あらゆる面で弱者が現れる。買い物弱者もその一例だ。例えば、買い物弱者救済を目的にしたソーシャルビジネスを考え具体化する事ができれば、新規事業として成立する可能性もあるはずだ。具体的には、買い物弱者が多い地域を特定し、数人からなる物流互助会を立ち上げ、購入先は地域商店から広域量販店まで、様々な小売店とネットワークを組むことで、買い物弱者をサポートするというビジネスは考えられるかもしれない。既に広域量販店が宅配サービスを開始しているが、それとは違う社会インフラを創ることで、中高年者に新しいチャレンジの場をつくり、社会とビジネスに貢献してもらう事をねらってもらいたい。 上手く展開できれば、買い物弱者のみならず、共働き世帯のための買い物代行も兼ね備え、緊急性の高い物資供給にも発展する事も可能だ。仮に、高齢化社会を支える新しいインフラとして根付かせる事ができれば、他国に類を見ない新しい社会システムが生まれる可能性すらある。
勿論、実現に向けては多くの壁が立ちはだかる事だろう。しかし、壁が立ちはだかるからこそ、それを越えようとする挑戦が始まる。
企業経営の視点から考える「中高年社員対策」とは、この問題を「企業経営の新しい挑戦の機会」と捉えることから始めなくてはならない。
弊社も組織経営と人材開発の観点からこの問題に挑んでいきたいと考えている。共に考え、取り組む企業が増える事を望んでやまない。
アーリーバード