2020.06.28
生活者とブランドとの新しい出会いの場としてのトレンドと新たなニーズの可能性
新型コロナウィルスの世界的な流行は、人的な被害だけではなく経済的にも非常に多くの被害をもたらしている。仮に、このまま新型コロナウィルスが収束したとしても、2020年の世界の実質成長率は経済協力開発機構(OECD)の予測でマイナス6.0%、世界銀行の予測でマイナス5.2%に沈む見通しのようだ。※1
このような状況下において、生活者の『体験』を基点とした、購買行動はこれまでよりも更に多様化していくのではないかと考える。例えば、生活者自身の『体験』にフォーカスして見てみると、①生活者本人が本当に経験する実体験 ②生活者本人がVRやAR等のxRを通じて行う仮想体験 ③生活者がデジタルアバターを操作して行う仮想世界での疑似体験 といった様に多様化してきている。
この③に該当する、デジタルアバターを操作して行う仮想世界での疑似体験において、“生活者と企業やブランドとの新しい出会いの場としてのトレンド”が生まれつつあるようだ。そして、今後は、新しい出会いの場というだけでなく、新たな消費者の行動やニーズが生まれるのではないかと考えている。
まずは現在起こりつつある、“生活者と企業やブランドとの新しい出会いの場としてのトレンド”とはどのようなものか触れたうえで、今後生まれる可能性のある、“新たな消費者の行動やニーズ”とはどのようなものか、仮説的考察をしてみたい。
今後起こりうる新たな生活者の行動とニーズの仮説は次のようなことを想定している。
- 新たな行動:仮想世界で行った疑似的な行動の後に、生活者本人による実際の行動に繋がる
- 新たなニーズ:仮想世界で手に入れたアイテムと同じものを、リアル世界でも保有したい・身に着けたいという
そこで今回は、コロナ禍の中でも世界的に話題となっているモノゴトの一つである、Nintendo Switch用タイトル「あつまれ どうぶつの森」(以下、あつ森)に着目して見ていきたい。このあつ森では、生活者(本人)同士が直接行うことではなく、デジタルアバターを操作することで、様々なことを疑似体験することができるという意味で、冒頭に挙げた③に該当するものとしている。
具体的には、プレーヤー同士があつ森内でアバターを通じてコミュニケーションを行うことが出来るだけでなく、卒業式や入学式、結婚式などをあつ森内で実施するプレーヤーが増えているという点で、コロナ禍における新たなトレンドの一つとなっているようだ。※2
更には、“マイデザイン”という機能によって、プレーヤー同士がデザインを相互に提供できる仕組みを使い、企業や団体などのブランドを保有する組織体が『企業コラボ』という形で参入しているという。
この『企業コラボ』では、美術館やファッションブランド、エンタメ、スポーツなどの企業や団体が、さまざまなデザイン作品を無料で配布しており、あつ森プレーヤーは、各企業や団体の公式SNSやHPなどへアクセスし、公開されているIDを読み込むと、あつ森内でその作品を所有したり、使用したりすることが出来るというものだ。こうした動きが、あつ森プレーヤー(生活者)と企業やブランドとの“新しい出会いの場のトレンド”として注目を浴びている。
多くの企業等のブランドが『企業コラボ』によって、あつ森へ参入している背景としては、コロナ禍の影響により、冒頭に挙げた①生活者本人が本当に経験する実体験が制限され、生活者との接点を失ってしまった企業や団体にとって、生活者との新たな接点の場としての魅力が高いからだろう。
任天堂によれば、あつ森は発売から6週間で⽇⽶欧3地域の累計セルスルーが合計で1,300万本を越え、Nintendo Switchタイトルの中で最速の出⾜となっているという。※3
このことは、企業等のブランドからすれば、あつ森への参入によって、世界の1,300万人もの生活者との接点を、ダイレクトに且つ低コストで獲得できる可能性を秘めていると考えているからではないだろうか。
ここで、博報堂によれば、Before/Afterコロナでの消費者の購買行動は、①ブランド認知・興味②商品比較・検討③商品購入という一連の流れの中で、購買ジャーニーの変化が起こり、リアル店舗が有していた価値は分解されてデジタルに代替されるとしている。※4
具体的には、Beforeコロナでは、ウィンドウショッピングによる生活者とブランドとの出会いから始まり、判断材料としての店員や他店比較・ネットでの比較を通じて、店舗で最終確認と購入をする、という一連の流れが主流だった。しかし、Afterコロナでは、ネット・SNS・動画広告等を通じて生活者とブランドが出会い、ブランドサイトやSNSで情報収集を行った後に、近隣店舗で確認し、ECサイトで購入(受け取りは店舗)といった様に変化が起こるというものだ。
今回着目した、あつ森の『企業コラボ』は、Afterコロナにおける“生活者とブランドの新たな出会い”に該当するものと考えられるが、ネット・SNS・動画広告とは異なる、“仮想世界や空間”を介した“新たなブランドとの出会い”の場になっている。あつ森での『企業コラボ』は、プレーヤーの収集ニーズという側面だけではなく、外出制限によってリアルでは行いにくくなっている消費行動を、“仮想世界や空間”で代替することで満たしていると見ることもできる。
日本における、外出自粛が解除された今、新たな消費者の行動やニーズとして、このあつ森内で手に入れたアイテムと同じものを、リアル世界でも購入する・身に着けたいという新たな行動やニーズが起こることは、十分に考えられるのではないだろうか。このことは、『購買の心理8段階』※5である注目→興味→連想→欲望→比較検討→信頼→行動というステップの連想→欲望という行動からも有効であると言える。そして実際にアバターウェアをクリエイターと共創し、世の中へ届けるプロジェクトを主導している、リアルとバーチャルを繋ぐファッションブランドも出現している。※6
そのように捉えて見てみると、企業は個々人のニーズを知るための場所という位置づけ(CRMにおける個別対応)として、あつ森の仮想世界を活用していくことが出来るのではないだろうか。例えば、プレーヤーが実生活で欲しい商品をあつ森内でデザインし、企業はそのデザインと同じ商品を提供し、実際に購入してもらうところまで、企業側が購買行動をデザインすることが出来たならば、生活者の新たな購買ジャーニーとなり得ることが考えられる。そして、企業と生活者の接点を強く持ち続けたうえで、企業側の技術的な問題が無ければ、プレーヤーがあつ森内でデザインした“服を着る”だけに留まらず、“家を建てる”といった高価格商品の購買行動も起こることだってあり得るのではないだろうか。
今回着目したあつ森は、あくまでゲームの中の世界だけではあるが、数十年後には、自分自身のアバター(分身)が、“全ての体験を代替”するような時代が来る可能性があることまで考えると、企業ブランドと生活者との直接的な接点だけでなく、アバターを介した間接的な接点という新しい考え方が、将来重要な役割を担う時がくるのかもしれない。
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※1:コロナ後の世界、デフレかインフレか?(日本経済新聞 2020年6月21日)より
※3:爆売れ「どうぶつの森」が新ビジネス生態系、ズーム飲み超えるか(日経TECH 2020年5月13日)より
※2:任天堂株式会社 2020年3月期決算説明書(2020年5月7日)より
※4:顧客視点と従業員視点の複眼で策定する企業の危機突破シナリオ(株式会社博報堂コンサルティング2020年6月2日)より
※5:商工会議所の検定試験より
※6:PIXIV VRoidWEARよりhttps://vroid.com/wear/chloma/