2020.06.08
経営トップは、人材育成に悩む前にコミットしているか?
今年は、COVID-19拡大の影響により、感染防止の観点から対面での指導が難しくなったため、企業の新入社員研修が大きく変わった。企業の人事担当者向けに実施したある調査(※1)によると、新人研修について「変更を検討している」と答えた企業は31%に達した。そのうち、「リモート型」「eラーニング」などの導入は半数を超え、実施時期の延期や期間短縮は40%超、全面的に開催中止も約10%となった模様だ。4月7日に発令された緊急事態宣言も5月25日に一旦解除されたが、引き続き、各研修を始め、OJTなども含めた今後の人材育成について悩まれている企業が多いのではないだろうか。
さて、一般社団法人日本能率協会が、1979年から毎年実施している、企業経営者を対象にした経営課題に関する調査(※2)によると、企業経営課題のトレンドとして、バブル崩壊後、「人材強化」の割合が低下していったが、2000年代に入ると、雇用形態が多様化する中、「人材強化」の比率が高まってきて、最新調査における「現在の課題」としては、「収益性向上」に次いで、第2位の課題として挙げられている。なお、「3年後の課題」としては、1位である。
本調査における「人材強化」の人材の対象は特定されてはいないが、実際に、私のクライアントからも、部下を育成できない管理職が増えているという悩みを耳にする機会が増えている。悩みの背景としては、部下を育成できない/しない管理職を放置することが、以下の2つの悪循環を引き起こし、徐々に、しかし確実に会社を蝕んでいくということが見て取れる。
会社を蝕む悪循環①(組織視点) 管理職に部下を育成できない/しない人をつけたままにしておくと…
A)その組織の生産性や士気が低くなる → B)業績が悪くなる → C)優秀な社員が入社しなくなる → D)優秀な社員が辞めていく → A)へと続く・・・
会社を蝕む悪循環②(管理職視点) 管理職に部下を育成できない/しない人をつけたままにしておくと…
A)管理職がプレイングマネジャー化する → B)部下を育てる時間がなくなる → C)できる部下ほど多忙、激務化する → D)部下が辞めていく → E)自分が業務をやるしかなくなる →A)へと続く・・・
以上からも、総じて、後継者育成、部下育成に悩む経営者が多いことがわかるが、そのような経営者に一つ疑問を呈さずにはいられない。
「あなたは、どれだけ部下育成に時間と労力を使い、コミットしているであろうか?」
企業には、望む、望まずに関わらずとも、「文化」というものが存在する。文化は社訓や社是のようなものではなく、一度つくれば終わりというものではない。軍隊では、「基準以下の行いを放置しておくと、それが新しい基準になる」と言われるが、企業文化も同じである。つまり、文化に沿わない行いを見聞きしても対処しなければ、それが自分たちの新しい文化になる。どれだけ、経営方針等で人材育成の重要性を謳おうが、経営者自身が部下育成を行っていないのであれば、当然、その下の管理職層も部下育成をしなくても構わない文化が醸成される。とどのつまり、まずは経営トップ自らが人材育成、とりわけ経営人材の選抜・育成に時間と労力を使い、積極的にコミットメントしなければならないのである。なお、部下育成できない/しない管理職を放置するのであれば、これもまた、部下育成をしなくても構わない文化が醸成されてしまうため、こちらについても、対処が必要となることも忘れてはならない。
ここで、ベンチマークとしてやはり参考になるのは、経営人材育成・サクセッションプランのベストプラクティスとして、常に注目されている米国のゼネラル・エレクトリック(以降GE)の取り組みである。これは有名な話ではあるが、GEでは、各階層において自分より優秀なリーダーを育成することが使命とされており、CEO交代の際にも、真っ先に後継者育成が最重要使命であることが説明される。そして実際に、GEの経営幹部層は、執務時間の3分の1を人材育成に充てており、旧CEOのジェフ・イメルトもGEの研修センターで自ら教鞭をとるほか、各国訪問の折には現地社員との直接対話(タウンホール・ミーティング)を欠かさず、毎年世界で一斉に実施する ”人と組織の棚卸し“ とも言えるピープルレビューセッションに年あたり20日以上費やしていたことが知られている。
翻って、今の日本企業において、これほどまでにコミットメントしている経営トップが、果たしてどれだけの数いるのであろうか。日本企業でも、「社長塾」や「○○アカデミー」と称して、経営トップ自らが人材育成に取り組むケースは着実に増えてきているように感じられるが、まだまだ数としては少ないのが実態ではないだろうか。
経済産業省のアンケート結果(※3)によると、実際に、東証1部・2部に上場している企業のうち、CEOの後継者計画(サクセッションプラン)が何らかの文書として存在しているとしている企業は全体の1割程度にとどまる。もちろん、サクセッションプランが無くとも、経営トップが積極的にコミットしているケースも十分にあり得るだろうが、決して多くはないだろう。
なお、上述のGEを始め、経営トップが積極的に経営人材の育成にコミットしているケースとして知られている、ファーストリテイリング(柳井氏)やソフトバンクグループ(孫氏)のように、後継者が育つかどうか、更にその後継者が必ず成功するかどうかは、別の問題である。兎にも角にも、まずは、経営トップが行動で示さなければ、後継者はもちろん、その会社の社員はいつまで経っても育たないだろう。
人材育成に悩む前に、自らがコミットしているかどうか、今一度振り返ってみてはいかがだろうか?
<脚注>
※1:人材育成コンサルタント会社、アルーが3月末に実施した企業の人事担当者321人に向け調査
( 日本経済新聞 朝刊 2020年5月4日 )より
※2:一般社団法人日本能率協会 『第40回 当面する企業経営課題に関する調査』https://www.jma.or.jp/img/pdf-report/keieikadai_2019_report.pdf
※3:経済産業省:CGSガイドラインのフォローアップについて(2018年2月22日) https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/cgs_kenkyukai/pdf/2_003_03_00.pdf
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