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2020.08.17

ストーリーを持つ実店舗が市場を成長させる

ECの成長が実店舗を脅かす 

 2020年7月22日、経産省は電子商取引に関する市場調査の結果を公表した。2010年時点で7.8兆円だった日本のBtoCにおけるEC市場規模は2019年には19.4兆円まで拡大しており、EC化率は6.76%と過去5年で140%の成長を記録している。年内に170店舗を閉鎖して意図的にデジタル化を進めるH&Mのような企業や、店舗撤退を余儀なくされる企業も稀ではなく、これからもEC市場は拡大していくことが予想される。COVID-19の感染拡大はこの流れを更に加速するだろう。一方、ECによって簡易的に「モノ」の消費を実現できるようになったことで、消費者はECでは味わえない「コト」の消費を実店舗に求めるようになり、各社小売店は試行錯誤しながら実店舗の在り方を模索している。ECから始まったAmazonは、レジなし無人コンビニのAmazon Goや書籍を扱うAmazon Books、同社ウェブサイトで評価が星4以上の商品などを揃えたAmazon 4-starなど、米国内で7つのストアブランド65店舗(買収したWhole Foodsを加えると500店舗を超える)の実店舗を展開している。日本国内では、家電量販店のヤマダ電機は「暮らしまるごと提案」をうたった店舗へとシフトしながら店舗数を増やし、総合ディスカウントストアのドン・キホーテは地域密着型出店や圧縮陳列を特徴とした店舗で2016年から2019年の3年間で店舗数を約2倍まで拡大しているなど、実店舗は様々な戦略や工夫と共に在り方を変容させている。しかし、ECを除いた2019年のBtoC市場は286.4兆円で、過去5年間平均の286.1兆円を上回っているものの前年比は99.1%と減少傾向にある。仮にBtoC市場の総消費額が減少することなくEC市場へそっくりそのまま転換していくのならば、それ自体を悪いとは言い難いものの、実店舗が無くなることによる「コト」の消費が消滅するのは残念な気がしてならない。では、実店舗はどのような「コト」を提供すればより消費者にとって魅力的な場所として認識してもらえるだろうか。

テクノロジーに走ってはいけない

 実店舗をより効果的な場所にするためのテクノロジーは多く出回っているが、これらは実店舗ならではの「コト」の消費を生み出しているのだろうか。実店舗における新しいテクノロジーを展示している日本経済新聞社主催の「リテールテックJAPAN」では、Amazon Goのような無人店舗や、ロボットが食事を配給する外食店舗のオートメーション化、ロボットの掛け合いによる実現販売、モニターに映るVtuberによる商品案内、鏡に見立てたディスプレイの前に立つことで試着を体験できる仮想試着など多くのテクノロジーが紹介されている。これらのテクノロジーは店舗の省力化や買い物の利便性向上に寄与し、目新しさがある内は消費者が店舗に足を運ぶきかっけにはなるかもしれないが、消費者にとって価値のある魅力的な「コト」としては物足りなさを感じる。

 顧客の動態をコンピューターで解析するインストア・アナリティクスはどうだろうか。店舗に来店した顧客の属性や行動の動線、購買の有無、購買した商品やそのタイミングなど、様々なデータを可視化することで、よりユーザーの行動に沿った店舗作りが行える。「来店したが購入していない顧客」のデータも取得できるため、購買率を向上させる施策を導き出すことが可能だ。これらのデータも実店舗の売上向上に役立ちそうな点で聞こえはいいが、ECで簡単にものを消費できるようになった消費者にとっては意味をなさない。

 製品を探したり眺めたり調べたりする行動はECサイトやVR、ARでも充足できるため、人々は店舗で触れる、試す、感じる、体験する、確かめる、動かす、など自宅や携帯電話では真似できない時間を求めているのではないだろうか。そうであるならば、売り場面積当たり売上高向上や店舗来場者を購入者に変えることに注力していては顧客が求める店舗にはなれない。実店舗における戦略は「来店者を購入者に変換させる」ではなく、「来店者を生涯にわたって自社ブランドの熱狂的な信者、支持者に変える場にする」であるべきだ。販売経路を意識しない消費者にとっては店舗に赴く理由が重要となり、それがブランドへのロイヤリティに繋がるのではないだろうか。

 実店舗だからできる体験とは

 ショッピングは手間がかかるため消極的な私だが、先日友人3人とアウトレットへ服を買いに行った。購入したいアイテムをある程度想定して臨んだが、「色々な組み合わせを試してみな」という友人のもと、勧められるままに試着を幾度となく繰り返し、昼食の時間も合わせて8時間以上も滞在していた。万歩計は2万歩を越え、心身ともに疲労感に見舞われていた。しかし、以外にも満足度は高かった。これまでとは異なる系統の服を試着して新しい「似合う」を発見した事による満足感なのか、友人とのショッピングは観光やレジャー、アクティビティをした時と同じような充足感があったのだ。なぜショッピングに消極的な私がこのような感覚になったのか考えてみると、ECでは味わえない「確実性と偶然性の絶妙なバランス」が重要な要素であったと言えそうだ。

 元来、人々はモノを入手するためだけにショッピングをするわけではない。自覚しているニーズや好みをくすぐる商品への出会いだけでなく、探求心をくすぐる宝探しのようなワクワク感や、何の前振りもなく驚きや喜びに出会い魅了されるセレンディピティを求めている。神経学的にみると、ショッピング体験はコカインを吸引したときの反応とほぼ同じで、幸福感をもたらすドーパミンを脳内に生み出しているという。そう言われると、非合理的に見える長蛇の列をつくるブラック・フライデーや中身の分からない福袋、人混みの多い店舗ほど興味を惹かれついつい入店してしまう行為は、実は脳にとって合理的な事なのかもしれない。ここに実店舗における魅力とは何かという答えのヒントがあるのではないだろうか。ドーパミンを刺激する何か、つまりその店舗で体験できるストーリーがあれば実店舗を「来店者を生涯にわたって自社ブランドの熱狂的な信者、支持者に変える場」にできるのではないだろうか。

実店舗に必要なのはストーリー

 では実店舗に必要となるストーリーとは何か。多くの人々の心を掴むディズニーランドを挙げてみよう。ディズニーランドはディズニー映画やアニメーションの中の「夢」や「魔法」といった非現実世界の「追加体験」ができるという世界観を持つ。7つのテーマランドはそれぞれのテーマに沿ったアトラクションやエンターテイメントをラインナップして、物語が綿密に作られている。例えばスプラッシュマウンテンの滝は、「アライグマのラケッティが密造酒を作っている際に爆破事故を起こしてダムを崩壊し山から水が溢れ出した」という物語がある。ラケッティは、現在アトラクションの出口付近でチュロスなどの軽食を販売する「ラケッティのラクーンサルーン」というお店を出していて、密造酒とは手を切った様子も伺えるところが緻密なストーリーを物語っている。

 今年こそ各チーム1回だけ試合ができる交流試合となった甲子園だが、野球というスポーツが演出するドラマと、選手や監督、学校などのバックグラウンドが加わることでより一層人々の心に響くものとなる。我々はそういったストーリーによって人や物との繋がりを得たいという心理があるように思える。実店舗がそうした存在になるには、消費者と店舗を繋ぐストーリーを構築し、「確実性と偶然性の絶妙なバランス」というECには真似できない価値を提供する事が重要なのではないだろうか。そして実店舗が「来店者を生涯にわたって自社ブランドの熱狂的な信者、支持者に変える場」になることが、EC市場の更なる成長を促すのではないだろうか。

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