2008.04.28
個人消費低迷時代 忙しい日本の消費者の財布を開かせるには
つい2、3週間前まで朝夕にコートやマフラーが手放せなかったが、ようやく完全に春になったようだ。今年の冬は寒かっただけにしっかり春気分に浸ろうかと思いきや、女性誌では早くも夏のファッション特集が組まれている。ごく短期的に見れば、季節の変わり目は、ファッションに留まらず消費者の購買意欲を高めるきっかけとなる。しかし、長期的にみれば、少子高齢化が進む日本における個人消費は長期的な低迷の時代を迎えつつある。 個人の生活水準が向上し物が豊かな時代を迎え、価値観やライフスタイルの多様化も進展する中で、「穴を埋めるため」の消費を大多数の日本人はしなくなっている。日常生活を効率よく快適に過ごすための「モノ」は既に一通りは揃って充足しているし、トレンドだと言われても自己のスタイルに合わないと思えば流行にあえて乗らない選択眼を持っている。そのため、自分にとって「新しいモノ」「効用が分かりやすいモノ」には飛びつくが、一度試してみて気に入らなければ二度と手に取ることはないほど消費者の目は厳しい。商品の良さだけでなく、コンセプトメッセージが明確でかつきちんと消費者に伝わり「意味」を納得してもらえなければ、どんなに時間とコストを費やして商品を開発したところでその商品を「買ってもらう」までに至らないのだ。厳しい消費者の視線に敏感な小売業者は、当然ながら消費者の目にかなう売れる商品を求めている。メーカー企業は売れるいい商品を競合他社よりも早く市場にリリースすることが重要になる。どんなに「いい商品」でも、もし競合他社に似た商品を先んじて発売されてしまったら、後から出た商品は消費者の記憶には残らない。物に対する渇望感がなく飽きやすい消費者を前にしたら、どんなに時間をかけて開発された商品も短命という宿命を負わざるを得ないのだ。 では、そのように商品に対して死刑宣告を簡単にくだす消費者の実態は一体はどんな姿なのだろうか。ひと口に消費者といっても可処分所得も人それぞれであり、価値観が多様化している以上、たとえ同じ金額を手にしたところでその使い道は画一的に切り取ることはできない。だが、日本人消費者の実態を模索してみると、仕事や家事をはじめアクティビティの種類を問わずやることが多く、「時間がなくて、忙しい」という共通点が挙げられる。たとえ余暇があっても、その人が本当にしたいことや興味があることに取り組めているとは限らない。圧倒的大多数の人は余暇や休日は基本的にその次にやらなければならないことの制約を受けている。だから自由な時間があっても、思いのままにやりすぎてしまって翌日に疲れなどの悪影響がでたら困ってしまう。向こう見ずな時間の使い方は自分が自分に許さないのだ。 ようやく捻出できた時間で贅沢な気分や非日常感を味わって楽しむことができるのであれば、娯楽やリラクゼーションなどのサービスに消費が投入されることもあるだろう。だが、こと「モノ」に限ってみると消費者は簡単には買ってはくれない。日用品以外の「モノ」の購入に関しては特に、みんなが持っていることは買う理由にならないし、魅力を感じても、使わなくなる予感がするモノは買ってはもらえないのだ。重要なのは、消費者にとってどんな意味のある買い物なのかであり、購入に要した時間やそのモノを使う時間から得られる満足度に消費者が納得するかどうかなのだ。とすると、現代の忙しい日本の消費者に「モノ」を買うためにお財布を開かせる切り口は3つに集約されるのではないだろうか。 まず1つ目はグレードアップ消費である。たとえ似たような機能の製品を持っていたとしても、同じ時間を費やすならば、新しい技術を使った上質なクオリティを楽しめる製品を使ったほうがよいので、新商品の購買意欲は高まるだろう。新技術による高品質をフックにするのは従来型の消費者動機づけシステムだが、最近の代表的な商品ではプラズマや液晶の薄型テレビが該当する。 2つ目はカスタマイズ消費である。なりたい自分、好きな自分、他者からこう見られたいという自分づくりに貢献してくれるモノの購買はアイデンティティ消費と呼べるが、アクセサリ商品を活用して自分なりにカスタマイズすることができる商品はさらに一歩進んだ自己表現の機会を与えてくれる。携帯電話やipodなどの音楽機器などのデコレーションができる商品がそれにあたる。商品を自分好みにするために付属品を選ぶ時間や、実際に自分で商品に手を加える時間は決して無駄な時間ではなく、パズルを完成させるような楽しみを提供してくれる。それが企業から提供された選択肢の範囲内であっても自らの手で好みの味付けをしたモノには自然と愛着がわく。消費者にとっては気に入った商品をさらに自分らしくできるのは嬉しいことだろう そして、3つ目はすきま消費である。とにかく現代の日本人は忙しいと思っている。だから一見無駄に見える待ち時間などの隙間の時間を使ってできるモノの消費や、やらなければいけないことに遊び感覚を取り入れられるモノの消費には積極的になる。前者の例でいえばニンテンドーDSや無限プチプチであり、後者では年間数十万個売れているというお風呂で揚げ物気分を味わえる入浴剤(この入浴剤を浴槽にいれると揚げ物をしているかのように一定時間発砲した後、入浴剤が溶けたあとにはエビフライなどのフィギュアがでてくる)などだろう。すきま消費におけるリピート率を問われれば必ずしも高くない場合もあるしれないが、「すきま」の時間を楽しく有効活用させてくれる商品を今の消費者は常に探しているといえるだろう。 一方で最近の消費者の買い物のスタイルも変化しつつある。時間が無限にあったらあらゆる商品を十分に吟味すればよいが、限られた時間を有効に使う上では、日本的おもてなしの接客を受けながら自分でしっかり選ぶ買い方もあれば、時間をかけずに誰かがいいと言っていたモノで「良し」とする買い方もある。ある種の商品は「これでいい」というお墨付きを与えてもらった方が自分で情報収集して選ぶよりも楽だし時間も節約できる。Amazonなどのネットショップでは購買履歴を基にお勧め商品情報や同一商品を買った他人の購買履歴も提供してもらえるが、これらのデータを基に商品を探した方が、わざわざ実際にお店を訪れて商品を探すよりも良い買い物ができることもある。価値観やライフスタイルが変われば当然、時間の使い方が変わり、モノの買い方だって多様化しているのだ。 量の時代から質が問われる時代になったといわれるが、消費者が問うているのはその商品の質の良さのみならず自分の嗜好やライフスタイルのコンテクストにマッチするかという観点での質でもある。かつそれが消費者が適当だと感じる時間の投入に見合う買い方のチャネルになければたとえニーズとマッチする商品でもその商品の存在にも気がつかないのだ。せっかく開発した商品が、消費者にとっては時間をかけて選びたくないカテゴリーのモノという評価を受け入れるのは企業にとってはツライところではある。しかし、このモノが売れない時代に多様な消費者からの支持を得るためには消費の意味合い×商品×買い方の3軸で捉え顧客の時間効用を最大化するためのマーケティングが必要なのではないだろうか。 スパイラル