2008.07.04
地球温暖化対策は大義名分か
バイオ燃料、排出権取引、エコドライブなど、昨今は世界中で環境論議が盛んだが、日本では、その一環として自治体によるコンビニエンスストアの24時間営業の規制論議に花が咲いている。発端となったのは埼玉県の6月16日の地球温暖化対策の素案発表だ。この中で埼玉県は、深夜化するビジネススタイル、ライフスタイルを見直すための施策の一つとして、コンビニの24時間営業を規制する意見を提示している。それによって温室効果ガス(CO2)の削減を図ろうという論旨だ。埼玉県の素案発表を始め、神奈川、京都、東京等で続々と追随して検討を開始する旨の報道発表があり、今や21の自治体で検討されている「温暖化対策のカード」的扱いだ。 だが、そもそもコンビニエンスストアの24時間営業を規制することにCO2削減効果があるのかどうかは、大いに疑問である。日本フランチャイズチェーン協会(以下、JFA)による24時間営業規制への反論の中でも、深夜営業を廃止することによるCO2削減効果はCVS店舗のCO2排出量の4%程度にとどまる、との試算が提示されている。環境省が提示している日本国内の温室効果ガス排出量に対しては、0.009%のインパクトであり、削減効果はほとんど見込めないとも言われている。 ではCO2削減効果の薄いコンビニエンスストアがなぜ、自治体の温暖化対策の標的になったのか。これは実質的な削減効果よりも、深夜営業を行わないことによるプロモーションとしての効果に対する狙いが大きい。 全国のコンビニエンスストアの店舗数はおよそ4万店(JFA加盟)。そのうちの94.4%が24時間の営業を行っている。特に都市部では、数百メートル圏内に複数のコンビニエンスストアが乱立している光景も珍しくない。これらの数多い店舗が夜間に一斉に照明を落とすことによる心理的インパクトの大きさを想定し、夜間生活の象徴ともいえるコンビニエンスストアの営業を止めることで、現代人の夜間生活からの脱却を図ろう、というわけだ。夜間生活脱却による夜間電気消費量の削減こそが、この「温暖化対策」の真の狙いであろう。 しかし、ここでも「夜間生活脱却」に対する効果には疑問を呈せざるを得ない。その理由は以下の2点だ。 まず1点目として、現代社会において、特に都市部においては、24時間営業の店舗はコンビニエンスストアに限ったものではない。ファミリーレストラン然り、カラオケボックス然り、だ。コンビニエンスストアの24時間営業がなくなったからといって、夜間に立ち寄る場所が大きく減少するわけではない。「夜間生活」に支障もなかろう。 また2点目として、深夜遅くまで残業している会社員や夜間工事、ビル清掃などの労働者にとって、コンビニエンスストアは重要な生活インフラの場であることも否めない。「24時間で働く労働スタイル」が社会的に必要性を認識されているからこそ、24時間営業のコンビニエンスストアが社会的に定着したのだ。そもそも、そういったニーズがなければ人件費が高く客数の少ない、営業効率の悪い深夜に店舗を開くメリットがコンビニ側にはない。 社会環境の変化に伴ってサービスや商品は進化し、提供されるが、サービスや商品の不提供によって社会環境が大きく変化することは通常考えられない(アナログ放送から地上波デジタル放送への移行対応など、技術革新による代替サービス/商品の提供は別)。コンビニエンスストアが深夜営業を止めたからといって、残業する会社員がいなくなりはしないし、夜間の工事業者、清掃業者のビジネスはそう簡単に変わらないだろう。 資本主義はマーケットのニーズが動かすのだ。夜間の労働を要求している社会がある以上、夜間のビジネス/ライフスタイルは、コンビニエンスストアの24時間営業への規制では変わらない。むしろ考えられることは、コンビニエンスストアの夜間営業に変わる別のサービスが新たに出てくることであろう。それが例えば2tトラックでの移動コンビニなど、温室効果ガスを大量に排出するようなビジネススタイルだったとして、自治体はそれをどう規制するのか。いたちごっこにしかならないだろう。 このように、効果の薄い(効果の限られた)施策が、あたかも自治体の温暖化対策に対する「切り札」のように扱われている現状に異論を唱えたい。だが、誤解しないでいただきたいのは、コンビニエンスストアが24時間営業を止めること自体には何の異論もない、ということだ。異論があるのは、それが自治体による根拠のない判断によって規制として施行され、「エコ活動に真剣に取り組んでいる」というポーズになっている点だ。 エコ活動はそれ自体、抜本的な対策や解決策があるものではない。家庭・企業・国家が、ひとつひとつは小さい活動であっても、それぞれが積み重ねていく努力の結果としてようやく効果を発揮するものである。であればこそ、家庭内で待機電力を削減するためにコンセントを抜く、電気をこまめに消す、などと微々たる効果しか見込めないエコ活動が草の根的に広まっているのであり、政府もそれを推奨しているのだ。「ちりも積もれば山となる」だ。従って、コンビニエンスストアの24時間営業の廃止が、僅かなりとも温室効果ガス削減に役立つのであれば、それは十分検討に値するテーマである。 だがそれはあくまでもコンビニエンスストア本体企業の経営判断であり、自由裁量であるべきである。その上で「当社は、温室効果ガス排出削減のために夜間営業を廃止します」とCSRで大々的にプロモーションすれば良い。エコ活動に積極的な現代社会においては、一定の顧客評価を得られるであろう。あるいは別のコンビニエンスストアでは、JFAが自ら表明しているように「地域のセーフティステーションとしての社会貢献を重視し、24時間営業を継続します」とこれまたCSRで謳えばいいのである。エコに対する関心が高まっているなかで、消費者は自身のより関心の高い施策を評価するだろう。 そもそものコンビニエンスストアの社会的位置づけを「Convenience=便利」であることにおいている以上、24時間営業の廃止は、存在価値の自己否定になりかねない。そのような経営判断をコンビニエンスストア側が自発的に行うことは困難ともいえる。元々、埼玉県が提示した素案では、「24時間営業の自粛要請」は、想定できる施策の一例でしかなかった筈だ。現在の論調は、その一つの施策を取り上げて、手段を目的とすり替えて議論をしているに過ぎない。自治体が本来取るべき対応は、CO2削減のための方法論として「24時間営業の自粛」という手段をコンビニエンスストアに対して要求することではなく、CO2削減に向けた目標を設定し、業界団体に協力を要請することだ。目標をクリアするための手段は、コンビニエンスストア自身に考えさせればよい。コンビニエンスストア側は自ら最も望ましい形での目標達成手段を考案するだろう。その中で、やはり夜間営業の廃止が有効であれば、自らその取り組みを検討・採用するだろう。 もちろん、自治体からの協力要請は、コンビニエンスストアだけが対象であってはならない。コンビニエンスストアへの営業時間規制が自由な民間の営業活動を阻害しかねない内容であると批判を受けているように、地球温暖化はヒト、企業、国境を越えた共通の課題である。コンビニエンスストアだけに負担を強いることに何の合理性もない。自治体が、条例として独自の判断で特定の業界を規制するのではなく、国家的な視点から全産業に対して環境活動を義務化するなど、政策としての公平性を確保することが必要だろう。 地方自治体は、局所的な方法論を提示するのではなく、当該自治区にある企業・家庭を導くための指針と、CO2排出量や電気使用量の削減といった具体的な取り組み目標を提示すべきである。自治体の役割が民間に対するコントロールの色彩を強めると、このコンビニ論争のように、デメリットを被る範囲の検証が不十分なまま、ひとり相撲のような政策運営になってしまう。民間部門の自由な経済活動、手段の選択に委ねた上で、目標を達成した企業・家庭に対して法人税や住民税率で一定の優遇措置を設けるなど、緩やかに方向づけるような政策運営が出来ないか、を検討してほしいと願う。 馥郁梅香