2008.06.30
世界の水資源を活かす、日本の「“水”商売」
2007年12月に、第1回アジア・太平洋水サミットが開催された。同サミットは、非営利組織のアジア・太平洋水フォーラム(APWF)によるもので、「水」を最重要政治課題とすることを目的として、活動を開始している。同サミットの活動背景ではアジア・太平洋地域の水に関する課題が掲げられている。それらの課題に、将来の日本のビジネス機会があるのではないかと関心を寄せた。 まず、1つめは、アジア・太平洋地域「水の衛生」についてだ。 国土庁のデータでは、需要増の詳しい内訳は記されていないが、昨今の経済状況から見て、アジア・太平洋地域にこれだけの需要増の大きな要因は、アジアが世界の工場拠点となっていることや穀物需要の高まりなどから、工業用水と農業用水の需要が高まっている事はほぼ間違いないだろう。だとすれば、製造業や農業を営む企業経営にとって、水は従来にも増して重要な「資源」となることは間違いない。事実、既に各国の金融市場、及び企業の「“水”商売」に向けた動きは活発化してきた。 その具体的な根拠を見ていくと、ここ数年の投資ファンドの動きに変化があらわれている。世界的には約40の「ウォーター・ファンド」(水ビジネスに関するファンド)があり、その運用総額はこの1年で三倍の1.5兆円に膨らんだと言われている。日本国内のSRI・環境関連ファンドでも、「水資源」に関するファンドが組成されている。日本の金融業界における「ウォーター・ファンド」の設立背景も、地球温暖化や環境汚染、人口増加などにとって深刻化する「水資源」の問題に対して、廃水処理や飲料水の浄水、海水の淡水化といった水の再生利用等を可能にする水処理技術に目をつけている事は明白だ。国内の「ウォーター・ファンド」の先駆けは、2004年3月に野村アセットが組成した「ワールド・ウォーター・ファンド」が有名である。在、同ファンドの2006年6月末時点の純資産残高は1000億円を超えている。その人気ぶりから、販売会社の野村證券では募集を一時停止していた程だ。 では、投資先となった企業はどこに注目されているのだろうか。大手ではフランスのスエズ社、ヴェリオ社が有名で、スエズ社にいたっては、スエズ運河の建設をした事でも知られている伝統ある企業だ。フランスでは、上下水道の運営は早くから民営化されてきたため、その水道インフラの整備と運営ノウハウが蓄積されているという訳だ。 一方、日本企業で水関連事業に関する技術はどこが持っているのか。すでに知られている企業として、精密濾過膜で強みを発揮している三菱レイヨン、東レ、海水淡水化技術では日東電工、エンジニアリングでは、荏原、栗田工業などが上げられる。 現在、日本の水道局は世界に向けてどのような活動をしているのだろうか?地道ではあるが、海外への技術供与を行っている。例えば、ラオスは2020年までに、都市部給水率を80%まで上げるとする国家計画があり、その実現を支える人材育成面において、さいたま市の水道局職員が現地に赴き人材育成指導を行っている。また、シンガポールでは、北九州市の水道局職員が、ODAで技術を提供し人材育成を行ってきた結果、1993年に25%であったプノンペン市内の水道普及率が2006年に90%となり、蛇口から出る水は飲用水として利用できるまでになった。水道水を安心して飲めるようにする日本の技術は世界に十分に貢献できる事が証明されている。 世界では、水に関する様々な問題がおきている。パキスタン、フィリピンなどの農業用水の灌漑システムの維持管理は相変わらず進まないという実態がある。国は、水利組合による推進を促しているが肝心の農民たちの意識がついてこない事が問題だと言われている。また、ケニア北東部の乾燥地帯では、家計収入の9割以上を家畜に頼っている。家畜を育てるためには水と餌が不可欠だ。しかし、この国の水資源は乏しい。希少な水資源をめぐって紛争が起こり、昨年7月には約90名が殺されたと聞く。世界の水にまつわる問題は、枚挙にいとまがない。 仏スエズ、米GEは、早い段階から中国の「水」に関連する問題解決ニーズをビジネス機会として捉えて成功している。日本は、この点では後れをとってきた。しかし、『「善水」の循環系の構築』をビジネスコンセプトに、アジア・太平洋地域はもとより、世界に貢献し、かつ通用する水資源ビジネス=「“水”商売」ができるはずだ。 アーリーバード
現在、アジア・太平洋地域において、安全な飲料水を継続的に利用できない人の数は約6億人存在する。また、最低限の衛生設備を継続的に利用できない人の数は約19億人である。この数字は、それぞれ世界の63%と74%を占めるに至りアジア・太平洋地域が占める割合が非常に高いことがわかる。
2つめは、「将来の水需要増」である。世界の水消費量は、年々増加傾向にあり、中でもアジア・太平洋地域の増加が最も著しい。国土交通省の水資源部が作成した資料によると、世界の中で、アジア・太平洋地域における水の使用量は、1995年に世界の38%を占めていたが、2025年の推計値では、1995年の約1.5倍となり、世界の水使用量の44%にあたる。
国土庁のデータによると、まず、地球上に存在する水の量は、およそ14億K㎥と言われている。そのうち約97.5%が海水等であり、淡水は2.5%だ。この淡水の大部分は、南極・北極地域などの氷や氷河として存在しており、地下水や河川、湖沼の水として存在する淡水の量は、地球上の約0.8%程度である。さらに、この約0.8%の水のほとんどが、地下水として存在し、河川や湖沼などの水として存在する淡水の量は、地球上に存在する水の量のわずか、0.01%で0.001億k㎥というから驚きだ。随分と、自分がイメージしていた規模感からは、かなりかけ離れている。
地球上の年間降水総量は約577千k㎥、その中で、陸上の年間降水総量は119千k㎥。そのうち、年間約74千k㎥が蒸発散により失われ、残りの約45千k㎥のうち、43千k㎥が表流水として、約2千k㎥が地下水として流出する。
その後「ウォーター・ファンド」の設定は途絶えていたようだが、2007年6月に「グローバル ウォーター ファンド」(日興アセット)、7月に「三菱UFJ グローバル・エコ・ウォーター・ファンド(愛称:ブルーゴールド)」(三菱UFJ投信)と相次いで組成されており、「ウォーター・ファンド」の注目度の高さが見て取れる。
余談になるが、東京大学生産技術研究所の沖教授の提唱するバーチャルウォーター理論によると、牛肉1kgに必要な水の量は2万トン、牛丼の並一杯では2トンの水が使われるそうだ、これもファンドマネーが水に向かう理由の一つかもしれない。
また、米国GEも「“水”商売」に本格参入の構えを見せ始めている。GEは「エコマジネーション」戦略と称し、「エコロジーとイマジネーションからなる造語」で、環境事業を成長の足がかりにする事を宣言している。これら欧米大手企業が最初に狙った市場は中国だ。
ここ数年、中国の環境汚染問題は深刻化の一途を辿っている上、工業用水の需要増が生活用水不足へと発展している。中国政府も水質汚染対策をできない化学工場の閉鎖を言い渡し、現在の5カ年計画には1兆元の予算を水関連事業に投資することを決めている。
東レの試算では、2025年に世界の水関連事業の市場は111兆円になるとしている。その内訳は、水道事業100兆円、プラント建設事業10兆円、機器・素材1兆円だ。
私たち一般生活者には馴染みがないが、工業用水は、精密機器製造においてはなくてはならない重要な素材の一つなのだ。特に、精密機器の製造工程において薬品を洗い流すために使用する水は純水といって不純物を除去した水を大量に使用している。
液晶で有名なシャープの亀山工場では、特に高純度な水を使用している上に、高品質液晶パネルを大量に製造するためには、その水の量も半端ではないため、純水を製造する技術をもった企業に水の製造を委託している。つまり、亀山工場内には栗田工業のプラントが組み込まれているのだ。栗田工業の工業用水の製造販売は、B to B市場における 「“水”商売」となっている訳だ。
しかし、先に述べた111兆円市場から見ると、B to Bにおける 「“水”商売」は、プラント建設事業の10兆円市場分にしか該当していない。やはり、日本企業が狙うべき市場は、世界の水道事業でなくてはならない。そして、その技術は日本の水道局がもっているはずだ。
そうであれば、水道局と水関連事業の技術を持っている日本企業が手を携えることで、世界の水道事業に打って出て、その存在価値を認めさせる事は決して不可能ではないはずだ。
日本が世界で戦うためには、仏スエズ、米GEに負けないビジネスの基本コンセプトを考えなくてはならないだろう。個人的には、その一つの方向性として『「善水」の循環系の構築』があるのではないかと考えている。
これは、生活用水・工業用水・農業用水の全てに活用可能な、水源流域を中心とした一連の水の循環に取り組む発想だ。「善水」とは、各国が自然から受け取る淡水を生活用水、工業用水、農業用水にバランスよく活かせ、かつ一度使用した水を再利用可能にするまでの循環構造を、国家のインフラとして活用する考え方である。
「水」は私たちの生命を司る最も重要な資源である。豊かな「水資源」の恩恵を受けてきた日本人だからこそ、「“水”商売」を通じて、世界中に日本の存在価値を示すべきだ。