2026.01.13
「続かない」ことを責める前に
新しい年が始まると、多くの人が目標を立てる。今年こそ運動を続けよう、読書や勉強を習慣にしよう──ところが、1週間経った頃には継続できておらず、数週間・数カ月経つと、立てた目標を思い出すことすらなくなるという話をよく聞く。いわゆる「正月の三日坊主」だ。私自身も例外ではなく、立てた目標が続かなかった時には、「また続かなかった」と自分を責めたくなることがある。米スクラントン大学の研究では、新年に立てた目標を達成できない人が全体の8割以上にのぼることが示されている。「正月の三日坊主」は、多くの人に共通する現象だと言える。
心理学や行動科学の研究では、人はそもそも行動を長期的に維持し続けることが得意ではないとされている。社会心理学者のロイ・バウマイスターは、人の「意志力(自分をコントロールして、目的達成のために実行する力)」は無限にあるのではなく、思考や感情、衝動、パフォーマンスをコントロールすることを重ねるほど消耗する資源だと指摘している。仕事や家事に日々追われる私たちは、すでに多くの「意志力」を消耗している。その状態で、さらに新しい行動を継続しようと自分をコントロールすること自体、想像以上にハードルが高いのかもしれない。新年の目標が続かなかった時、つい「意志が弱かった」と自分の気持ちに原因を求めてしまいがちだが、それでは根本的な解決にはつながらないのだ。
継続や習慣化を考える際、「最初は小さな行動から始め、徐々に負荷を上げていくことが有効だ」という考え方は、一般的によく知られている。例えば、「仕事後にランニングをする」と決めても続かない人がいる。一方で、「仕事後は、ストレッチマットの上でストレッチをする」と決めた人はどうだろうか。その日のコンディション次第ではストレッチだけで終えてもよいとし、余裕がある日はそのまま走りに外に出る。このような設定にしておくことで行動のハードルが下がり、結果としてランニングする日が自然と増えていく。最初から距離や時間といった成果を定めず、「確実にできる行動」を起点にしたことで、行動は無理なく連なっていく。
では、なぜこのような工夫は有効なのだろうか。この点は、心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー状態」の理論で説明できる。フロー状態とは、「ある実践に没入している状態」を指す。このとき人は、努力している感覚よりも、充実感や快感に近い感覚を得ている。仕事や趣味で好きな作業に集中しているうちに、気づけば数時間が経っていた、という経験もフローの一例だろう。
フローが生まれる条件はいくつかあるが、その条件の1つに「課題と能力のバランス」がある。課題が簡単すぎれば退屈になり、難しすぎれば不安や負担が先に立つ。現在の自分の能力に対して、少しだけ挑戦的で、しかし不安や負担になるほど高くはない。このバランスが取れているとき、人は没入しやすくなる。
ただし、このバランスを最初から見極め、適切な難易度を設定することは簡単ではない。そこで重要になるのが、「今の自分にとって確実にできる行動」から始めるという「入口設計」である。課題の難易度を調整しようとするのではなく、確実にできる行動を起点にする。その行動を繰り返すうちに、結果として取り組む課題が少しずつ高度になり、能力とのバランスが取れていく。その結果として、フロー状態に入り、意識的に頑張らなくても行動を継続できるようになる。
先ほどのランニングの例は、まさにこのプロセスを示している。「一定の距離や時間のランニングを継続すること」を目標にしたのではなく、走れない日があっても「できなかった」にならない行動として、ストレッチを入口に据えた。その結果、行動が無理なく積み重なり、結果としてフロー状態に入り、行動が継続していくのである。フロー状態とは、「没入しよう」と気持ちで作り出すものではない。確実に動き出せる入口を設計し、その行動が繰り返される中で、結果として生まれてくる状態なのだ。
仕事においても、この考え方は活用できる。例えば、パワーポイントで企画書や報告書を書く場面を思い浮かべてほしい。真っ白なスライドを前に、最初から完成度の高いアウトプットを求めた結果、途中で継続できず手が止まる人は少なくないのではないか。そうした時は、「時間を決めて頭にある情報を書き出す」、「昨日途中まで書いた内容を読み直す」といった自身にとってハードルの低い行動から始めてみる。それをルーティンとして継続する。それを繰り返すうちに、自然と作業に入りやすくなり、気づけば真っ白だったスライドを1枚仕上げるところまで集中して取り組んでいる。
翻って考えると、職場のOJTにおいても「入口設計」は重要ではないだろうか。OJTがうまくいかない原因の1つに、上司が部下にとっては難易度の高い仕事を、大きな業務単位のまま任せてしまうことがある。高度な判断を求められる仕事を、入口が見えないまま任されれば、何から着手すればよいのか分からず、判断に迷い、結果として思考や行動が止まってしまうのも無理はない。経験者にとっては無意識にこなしている最初の一歩でも、未経験者にとってはそこが最大のハードルになるのだ。
OJTでは、次のような流れで仕事を渡していくことが効果的だと考える。
(1) 自分がその仕事で最初に考え、最初にやっていることを伝える
(2) 部下にとって難しすぎないかを確認する
(3) 難しければ、確実にできるレベルまで落とす
(4) まずはその行動だけやってもらう
(5) 一度で終わらせず、繰り返させる
例えば、営業のOJTであれば、「次の提案を任せる」と丸ごと渡すのではなく、「まずは、この顧客の課題を3つ書き出してみてほしい」と部下が確実にできるレベルまで落として伝える。そしてその作業を複数の顧客で繰り返させる。そうすると部下は次第に考え方そのものに慣れていく。気づけば、提案準備に自然と時間を忘れて取り組んでいることにつながる。これは入口を設計した結果として生まれる状態だ。
OJTとは、高いレベルの仕事を一度で任せることではない。仕事の最初の入口を切り出し、無理のない形で繰り返させ、少しずつ負荷を上げていく。その先に、部下が自然と取り組み、気づけば没入している状態が生まれる。そんな能力開発こそが、現場で本当に機能するOJTなのではないだろうか。
正月の三日坊主と、進まない職場の能力開発。どちらも本人の「意志」ではなく、実際には、最初の一歩がどう設計されていたか、そしてそれが繰り返される前提になっていたかが大きく影響している。継続とは、気合で生み出すものではなく、没入した結果として生まれるものなのだ。
自然と体が動き、気づけば没入している──そんな状態に入るための「入口設計」を、どれだけ丁寧にできているだろうか。
2026年は始まったばかりである。「続かない」ことを責める前に、今年はこの問いに向き合っていきたい。
Pinova
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参考文献:
Forbes JAPAN
実は8割が新年の目標を達成できていない、その理由と「成果を出す」5つのシンプルな方法
https://forbesjapan.com/articles/detail/80349?utm_source=chatgpt.com
ロイ・バウマイスター (著), ジョン・ティアニー (著), 渡会圭子 (翻訳)(2013)WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト
加藤 洋平 (著)(2017)
成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法 日本能率協会マネジメントセンター