2026.04.20
猫の寿命が30年になる世界線
私は今、猫を2匹飼っている。どちらも女の子で、生まれて8か月と7か月。人懐っこくて、可愛すぎて、できることなら一生一緒にいたい。だからこそ、「猫の寿命が30年になるかもしれない」という話に触れると、心が動く。テレ東プラスで紹介されたAIM治療薬の話は、まさにその象徴だ。記事では、猫の8割以上がかかると言われる腎臓病に対し、AIMによる治療薬について「2026年から27年を目標に医薬品として承認を得たい」とされ、開発はかなり進んでいると説明されている。そのうえで、目指しているのは無理やり長生きさせることではなく、「元気なままで本来の寿命を全うできるようにすること」だという。ここに私は、単なる延命ではなく、猫と暮らす未来そのものの変化を感じた。
もっとも、夢のある話ほど、現実の数字で確かめる必要がある。一般社団法人ペットフード協会の2025年調査では、日本の猫の飼育頭数は約884万7千頭である。さらに同協会の支出調査では、猫に関する1か月あたりの平均支出額は1万1,865円、平均寿命は16.00歳、生涯必要経費は179万6,075円と示されている。つまり、猫と暮らすことはすでに「かわいい」だけでは完結しない、かなり大きな生活資源の配分でもある。さらに矢野経済研究所によれば、2024年度の国内ペット関連総市場規模は前年度比2.6%増の1兆9,108億円と見込まれ、その拡大には高付加価値商品の投入に加え、猫向け商品の好調が寄与している。猫の長寿化は、家の中の幸せの話であると同時に、ペット市場の変化につながるテーマでもある。
では、猫の寿命が30年になることで何が変わるのか。メリットは明快で、一緒にいられる時間が圧倒的に延びることだ。平均16.00歳が30歳に近づくなら、共生時間は単純計算でほぼ1.9倍になる。私のように「一生一緒にいたい」と思う飼い主にとって、これはとても大きい。さらに、腎臓病のような大きな病気への対策が進めば、ただ寿命が延びるだけでなく、病気で苦しむ時期を減らせる可能性がある。アニコムの2024年データでは、猫の診療費の内訳で泌尿器疾患が25.8%を占めており、負担の大きい領域であることが分かる。AIMのような研究が本当に実装されれば、「長く生きる」と「元気に生きる」を近づける効果は小さくないはずだ。
一方で、デメリットも重い。第一に、費用が長く続く。現在の生涯必要経費179万6,075円を、平均寿命16.00歳から30年へ単純比例で延ばして考えると、1頭あたり約337万円になる計算だ。2匹なら約674万円である。これはあくまで単純試算だが、現時点でも猫の年齢が上がるほど診療費は増え、アニコムのデータでは15歳の猫の年間診療費は平均19万4,187円まで上がる。第二に、医療やフードの高度化は希望である半面、可処分所得の差をケアの差に変えやすい。矢野経済研究所は、高付加価値商品や健康ケア商品、介護ケアサービス、ペット医療の成長を見込んでいるが、これは裏返せば「よりよいケアにはより大きな支払い能力が要る」方向に進むということでもある。これはかなり現実的な懸念に感じる。
ここで見えてくる問題の本質は、猫が30年生きられるかどうかではない。30年を支え切る責任を、飼い主と社会が持てるかどうかである。環境省は、飼い主に対し「最後まで責任をもって飼う」ことを求め、これから飼う人には「ほんとうに飼い続けられるか、家族みんなで話し合いましょう」と呼びかけている。さらに、飼養に先立って住宅環境や家族構成の変化まで考慮し、将来にわたる飼養可能性を慎重に判断するよう示している。現実に、令和6年度の猫の引取り数は2万2,010頭、殺処分数は4,866頭である。寿命だけが延び、終生飼養の設計が追いつかなければ、長寿は祝福ではなく、むしろ不幸の長期化になりかねない。飼い主と社会の責任問題に関する解決ロジックは、医療の前倒し、家計の前倒し、関係の前倒しの三つに整理できる。医療の前倒しとは、病気になってから慌てるのではなく、年1回でも検査をして、腎臓病などの進行段階を把握することだ。テレ東プラスの記事でも、具合が悪くなった時にはすでにかなり末期に近いことがあるため、年に一度でも血液検査を勧めている。家計の前倒しとは、今の平均支出と生涯必要経費を起点に、保険、貯蓄、シニア期の医療や介護まで含めて設計しておくことだ。関係の前倒しとは、自分が万一飼えなくなった時に備え、家族や知人と事前に話し、託せる先や相談先を作っておくことである。長寿化時代に必要なのは、猫を迎えた瞬間から「30年計画」を持つことなのだ。
私は、猫の寿命が30年になる未来に希望を持っている。だが、本当に目指すべきなのは「30年生かすこと」ではなく、「30年、安心して一緒に暮らせること」だと考える。医療が進歩し、猫向け市場が伸び、健康ケアや介護ケアの選択肢が増えること自体は歓迎すべきである。しかし、その進歩を本当の幸福に変えるには、飼い主が愛情を計画に変え、社会が終生飼養を支える仕組みを整える必要がある。
そしてこのテーマは、猫との暮らしだけに閉じた話ではないように思う。人生100年時代や少子化が進む社会においては、子どもを育てることも、家族を支えることも、長い時間を過ごすための備えと支援なしには成り立ちにくい。命と長く向き合うとは、愛情だけでなく、医療、家計、住まい、地域の支えといった基盤をどう整えるかを問うことでもあるのではないか。その意味で、猫の30年時代は、私たちが「長く生きる命をどう支えるか」を考え直す、小さく見えて大きな問いなのだ。
私の2匹がもし30年生きるなら、その時間はただ長いだけでは足りない。元気で、苦しみが少なく、最後まで「この家でよかった」と言える時間であってほしい。猫と暮らす未来のあるべき姿とは、寿命の長さを喜ぶだけでなく、その時間に責任と安心を与えられる社会である。そのとき初めて、「一生一緒にいたい」という願いは、感情のみで動くものではなく、現実的な約束になる。
すずのおと
<参考URL>
1.猫の寿命を30年に!“腎臓病”の薬、間もなく実用化で何が変わる!?(テレ東プラス)
https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/lifestyle/entry/202402/14685.html
2.令和7年(2025年)全国犬猫飼育実態調査 主要指標サマリー(一般社団法人ペットフード協会)
https://petfood.or.jp/pdf/data/2025/3.pdf
3.令和7年(2025年)全国犬猫飼育実態調査 猫 飼育・給餌実態と支出(一般社団法人ペットフード協会)
https://petfood.or.jp/pdf/data/2025/7.pdf
4.知っていますか?終生飼養(環境省)
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/pickup/owner.html
5.ペットビジネスに関する調査を実施(2025年)(矢野経済研究所)
https://www.yano.co.jp/press/press.php/003906