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2026.06.01

子育ては、自分の育てなおし

2026年4月、我が家に娘が生まれた。3歳になる息子は妹をとても可愛がっている。泣けば心配そうに顔をのぞき込み、頭をなで、おむつを持ってきてくれることもある。その一方で、親の目には我慢している姿も映る。これまで自分に向けられていた親の時間や関心が妹へ向かう。抱っこしてほしい時に待たされることもある。話を聞いてほしい時に後回しになることもある。それでも妹には優しく接しようと頑張っている。そんな息子を見ながら、私は不思議な感覚を覚えていた。私は三兄弟の末っ子である。妻も二人兄弟の末っ子だ。つまり私たちは二人とも、「兄」や「姉」を経験したことがない。弟や妹が生まれた時の気持ち。親を取られたような寂しさ。「お兄ちゃんだから」と期待される重圧。そうした感情を知らないまま35年生きてきた。しかし今、息子を通じて初めてその世界を見ている。

 

以前、私は「人はなぜ、人に教えることで成長するのか」というコラムを書いた。その中では、人に教えることで知識が整理され、新しい発見が生まれ、自分自身も成長するという話を書いた。今でもその考えは変わらない。ただ、娘が生まれ、息子が兄になる姿を見ていると、最近は別のことを考えるようになった。人を育てる価値は、自分が成長することだけではない。自分が経験していない人生を学ぶことにもあるのではないか、と。

 

「人は他者の魂を理解しようとしない限り、賢くはなれない」ローマ皇帝であり哲学者でもあったマルクス・アウレリウスは『自省録』の中でこう説いている。人は自分の経験を基準に世界を理解してしまう。だからこそ、自分とは異なる立場や人生を理解しようとする努力が必要になる。考えてみれば、人は意外なほど自分の人生しか知らない。営業職を経験した人は営業の苦労が分かる。管理職になった人は管理職の孤独が分かる。親になった人は親の苦労が分かる。しかし、自分が歩んでいない人生については案外何も知らない。もちろん想像することはできる。しかし、想像と経験は違う。私は末っ子として育った。だから長男の気持ちは分からなかった。しかし今、息子を見ながら、兄になることの戸惑い、我慢することの苦しさ、それでも妹を大切に思う気持ちを少しだけ学ばせてもらっている。

 

これは仕事にも通じる話だと思う。私は人材育成や組織づくりに関わる仕事をしているが、組織の問題の多くは能力不足よりも理解不足から生じているように感じる。

営業は開発の苦労を知らない。開発は営業の苦労を知らない。本社は現場の苦労を知らない。管理職は若手の不安を知らない。若手は管理職の葛藤を知らない。経営者は社員の気持ちを理解できないと言われ、社員は経営者が現場を分かっていないと言う。

しかし、それはある意味で当然である。皆、異なる人生を生きているからだ。

組織の中で起きる対立や摩擦の多くは、能力や性格の問題ではなく、「相手の人生を知らないこと」から始まっているのではないだろうか。そう考えると、マネジメントの本質も少し違って見えてくる。マネジメントとは、人を動かす技術ではない。自分が経験していない人生を理解しようとする営みなのかもしれない。部下を育成するということは、自分の価値観を教え込むことではない。その人がどのような経験をし、どのような景色を見てきたのかを理解しようとすることでもある。相手を理解できれば、伝え方が変わる。

任せ方が変わる。評価の仕方が変わる。そして関わり方そのものが変わる。

 

では、どうすれば他者理解は深まるのだろうか。私自身の経験からすると、その方法は大きく3つあるように思う。一つ目は、「経験すること」である。最も強力な学びは実体験から得られる。親になれば親の苦労が分かる。管理職になれば管理職の孤独が分かる。現場に出れば現場の難しさが分かる。だから組織においても、異動や兼務、ジョブローテーションには大きな意味がある。人は経験したことからしか、本当の意味では学べない。

二つ目は、「対話すること」である。私たちはすべての人生を経験することはできない。だからこそ対話が必要になる。部下との1on1、顧客へのヒアリング、他部署との意見交換。重要なのは説得することではなく、理解することを目的に話を聞くことである。相手の背景や価値観を知ろうとする姿勢そのものが、他者理解につながる。三つ目は、「読むこと」である。私は決して読書家ではない。むしろ若い頃は、本を読むことが苦手だった。しかし、本とは知識を得るためではなく、他人の人生を追体験するためのものだと思うようになってから、その価値が少し分かるようになった。歴史書でも伝記でも小説でもよい。そこには、自分とは異なる人生や価値観、意思決定が描かれている。人間の人生は一度しかない。しかし本を読めば、自分ひとりでは経験できない人生に触れることができる。読書もまた、他者理解のための追体験学習なのだと思う。

 

息子が兄になる姿を見ながら、私は自分が経験しなかった人生を学んでいる。自分の人生をやり直しているわけではない。自分が歩まなかった人生を、今になって学びなおしているのである。子育ては自分の育てなおし。最近、この言葉に納得している。ただ、それは自分を矯正するという意味ではない。自分が知らなかった人生を学びなおすという意味だ。そしてそれは、子育てだけではない。本を読むことも、人を育てることも、マネジメントをすることも、結局は、自分ひとりでは経験できない人生を学ぶための営みなのかもしれない。そして、その積み重ねこそが、人を理解する力を育てるのだと思う。

 

 

おおたか

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