2026.08.07
仕事は、生き方に変わる瞬間がある
久しぶりに、自分でも驚くほど心が震える出来事があった。あるプロジェクトが終わった帰り道のことである。胸の奥がじんわりと熱く、何度思い返しても自然と笑みがこぼれてしまう。嬉しさとも、達成感とも違う。「なんだ、この感覚は‥。」そんな疑問を何度も自分に投げかけていた。
ここ数か月、私はとある企業で、人と組織が変わっていく瞬間を見続けていた。社員一人ひとりが、自分は何を大切にしたいのか、どんな人生を歩みたいのか、その想いを組織や社会の未来へどうつないでいくのか。そんな対話を積み重ねながら、個人、チーム、組織を活性化するプロジェクトであった。しかし、決して順風満帆ではなかった。対話が止まる日もあった。「何を話せばいいのか分からない」そう口を閉ざす参加者もいた。グループのビジョンがまとまらず、議論が何時間も堂々巡りになることもあった。最終報告の資料は、何十回作り直したか覚えていない。
「これで本質に近づけているのか」と繰り返し問い直した。それでも不思議なことに、苦しかった記憶が、ほとんどないのである。もっと良くしたい、もっとこの人の可能性を引き出したい、もっと組織の未来を一緒に描きたい。そんな想いだけが、毎日のように湧き上がってきた。
気がつけば、休日も、このプロジェクトのことを考えていた。食事中も、ランニング中も、ふとした瞬間にアイデアが浮かぶ。「ここをこう変えたら、もっと伝わるかもしれない。」そんなことを考える時間が、楽しくて仕方がなかった。私は仕事に没頭していた。それなのに、頑張っている感覚は、どこにもなかった。
以前、心理学でGRIT(やり抜く力)*という概念を学んだことがある。一般的には、情熱と粘り強さが成果を生むと言われる。しかし今回の経験を通じて、私は少し違う考えに至った。GRITは、鍛えるものではない。本当にやりたいことと、自分の仕事が重なった結果として、自然に表れるものなのではないか。
私は昔から、人の可能性が開く瞬間に立ち会うことが好きだった。誰かが自分らしさに気づき、一歩踏み出す。
その姿を見るだけで、自分まで嬉しくなる。考えてみれば、それは今も変わらない。私は、「目が届く半径十メートル以内の人に心を配り、熱を届け、その人や場を少しでも豊かにしたい。」そんな人生を歩みたいと思っている。
今回のプロジェクトは、まさにその人生テーマを仕事として体現できた時間だった。プロジェクトの最終回では、以前とは別人のような表情で、自分たちの未来を語る参加者がいた。「人の良さを価値に変えたい」、「誰一人取り残さない組織をつくりたい」、「このチームだからこそ実現できる未来がある」、その言葉を聞きながら、私は何度も鳥肌が立った。数か月前、あれほど自信がなかった人たちが、迷いなく未来を語っていたのである。
このように、人が変わる瞬間を目の当たりにし、その変化に自身が携われたことに高揚感を覚えたのである。そして、一つのことに気がついた。仕事では、「何をするか」が語られることが多い。しかし、本当に人を動かすのは、「何のために生きたいのか」という問いではないだろうか。
その問いに向き合ったとき、仕事は義務ではなくなる。自分という人間を、社会へ表現していく営みへ変わる。
私は、仕事とは人生を削るものではなく、人生を表現するものだと思っている。だからこそ、人は仕事を通じて成長するのではない。仕事を通じて、自分らしさが育まれ、あるべき自分自身へ還っていくのである。
禅には、「本来無一物」という言葉がある。人は、何かを付け足して変わるのではない。もともと持っていたものに気づき、本来の自分へ戻っていく。今回のコラムを書き終えた今、あの名状しがたい高揚感の正体が、少しだけ分かった気がする。私は、仕事を通して自分らしい人生を生きていたのである。
人生における“悟り”とは、案外近くにあるのではないだろうか。目の前の仕事を通じて、自分らしく生きられたと静かに感じられる瞬間を大事にし、その積み重ねによって“悟り”を得るものなのかもしれない。そういう意味では、私はある種の“悟り”を体感したのであろうか。
人は自分の心が震える仕事ができた時、何ものにも代えがたい充実感を味わえるはずだ。とはいえ、追い求めすぎれば、それ自体が新たな執着となり、“悟り”の道のり は遠のいてしまう。人生とは、なんとも奥深く難しいものである。改めて悟りとは、今日という一日を、自分らしく働けたと思えることなのかもしれない。南無三‥。
U2
*GRIT:グリットとは、才能・知能は関係がなく、失敗を恐れず挑戦し、継続的に粘り強い努力を要するという考え方。
後天的に身に着けられるもので、努力を重ねて物事をやり抜く力のことをいう。
Guts(度胸)、Resilience(復元力)、Initiative(自発性)、Tenacity(執念)の四つの要素から構成される。