PMI Consulting Co.,ltd.
scroll down ▼

2008.08.20

中央ユーラシアにおける、紛争解決に有効な手段とは?

 北京五輪が始まって十日以上が経ち、多くの人々が各競技の動向に注目し、テレビや新聞等のメディアから目が離せない日々を送っているのでないだろうか。私自身も、ニュースで必ずチェックするほど、注目する選手とチームの結果が気になって仕方がない。今や世界中が固唾を飲んで見守っている話題である。
 しかし、時を同じくして世界が注目するニュースが目に飛び込んできた。それは、北京五輪という華やかな祭典とは相反する、殺伐とした事件である。一つは「中国の新疆ウイグル自治区での連続テロ」で、ウイグル独立派勢力による可能性が高いと言われている。この事件の背景は、かつてこの地域がウイグル族等テュルク系民族の土地であったことや、中華人民共和国成立以降漢族の大量移住、文化大革命中の政治的文化的迫害が理由で不満が醸成され、民族独立運動が何度も繰り広げているほど根深い問題である。そして、もう一つは「ロシア対グルジアの紛争」である。グルジアからの分離独立を主張する南オセチア自治州に対してグルジア軍が侵攻したことが発端となり、同自治州の独立を支援するロシア軍がグルジアへ侵入し、紛争が激化した。こちらもソ連解体後から続く問題で、欧米諸国が仲裁に入るなど両国の関係改善を図ろうとしているが、依然として問題解決に向けての進展は見られない。

 この2つのトピックに私が注目した理由は、一見すると相互に関連性は低いと思われる事件であるがいくつかの共通点を見出すことができたからだ。一つは「中央ユーラシア」という同じエリアで起こったこと(ここでは、グルジアが属する「コーカサス地方」と新疆ウイグル自治区を含めた広意義での「中央アジア」を合わせて「中央ユーラシア」と称する)、二つ目は大国と小国(小地域)との間の民族的衝突、三つ目は資源問題が絡んでいることである。
 中央ユーラシアという地域は歴史的にも非常に重要な地域で、歴史の過程で多数の民族が移り住み、国家が乱立する時代もあれば大国家が支配する時代もあった。地理的には肥沃な大草原地帯とヒヴァ、ブハラ、サマルカンドなど東西交易の商業中継地として栄えた都市もあり、玄奘やマルコ・ポーロを魅了し、ペルシアやマケドニア、元、ロシアといった大帝国が支配下に置きたいと願った地域である。しかし、歴史の中心がヨーロッパや中国、イスラム圏、ロシア、米国にあることから、大国の支配に脅かされ続けてきた地域でもある。
 現代になると、その魅力は天然資源の豊富さに移った。中国やロシアは自国で原油等自前の天然資源を持っているが未来の枯渇問題に頭を悩ませており、欧米や日本は現状中東や南米に資源を依存している。そこで、各国が注目したのが中央ユーラシアの天然資源というわけだ。トルクメニスタンであれば天然ガス(世界第四位の埋蔵量)と原油、アゼルバイジャンもカスピ海沿岸のバクー油田があり。カザフスタンやウズベキスタン、タジキスタン、キルギスは鉱物資源といった、豊富な天然資源がこの地域には眠っており、世界各国による争奪戦が繰り広げられている。今回トピックとなった新疆ウイグル自治区も原油と天然ガスの埋蔵量がそれぞれ中国全体の埋蔵量の28%と33%を占めているほどの重要な資源地帯である。
 この天然資源埋蔵量があることによって中国は新疆ウイグル自治区の分離独立を是が非でも阻止したい意向がある一方で、同地域のテュルク系民族は歴史的な遺恨から民族独立を主張し続けているという対立関係が、今回の過激派によるテロにまで発展してしまっている。一方、グルジアの場合国内に豊富な資源はないのだが、地政学的にカスピ海から黒海に引かれた原油パイプラインの存在があり中央アジア原油利権と密接な関係がある要衝に位置しているため、ロシアは影響力を維持したいという思惑はあるが、グルジアは「脱ロ親米」路線を主張しているために両者の関係は悪化し続け、今回の紛争に至ったのである。

 現在、中央ユーラシア地域全体で見ると同地域の様々な問題が周囲の大国・先進国の思惑に大きく影響されている。もちろんその他の世界の国々も国際社会の中で相互依存関係にあり、何らかの影響を受け政治・経済・社会が成り立っている。しかし、同地域では独立を果たした国であっても一国としての政治的・経済的基盤がまだまだ脆弱で米国やロシア、中国などの大国に支援・協力を仰ぐことで国家としての体制をやっと保っているのだ。また新疆ウイグル自治区のような、独立を果たした国の影響で民族的独立気運が高まっている地域もあり、それを抑える側である国家は武力行使を選択するしかない状況なのである。中央ユーラシアは常に紛争が続いている「火薬庫」のイメージが強いが、果たして紛争のない状態をいつ見ることができるのだろうか。

 中央ユーラシア各国では、米中ロを中心とした大国との関係や民族的な問題、そして資源利権といった一つ一つが解決しがたい問題であることに加えそれぞれが複雑に絡んでおり、問題解決の困難さを増している。しかし、解決手段としてすぐに武力行使に出るのは望ましくない。では、武力行使を抑止するための突破口をどこに見出すべきか。私は、まずは同地域の各国がしっかりした独自の国家戦略を打ち立て、安定した政治を行うことだと考える。安定した政治とは、ここでは「ハード・パワーとソフト・パワーのバランスが取れた政治」と定義する。この2つの概念は、ハーバード大学院のジョセフ・ナイ教授が提唱したもので、元々は外交戦略の手段として、軍事力や警察力といった制圧的な支配を行おうとする際に利用する「ハード・パワー」に対し、文化や思想、制度を浸透させることで穏やかに統治しようとする「ソフト・パワー」が重要であると説いた。この概念は内政についても当てはまり、グルジアの場合、元々オセチア人の住む地域から「オセチア」の名前を消して国家を建設したのが紛争要因であるが、その解決手段は独立を主張する南オセチア自治州に対し軍事力(=ハード・パワー)で制圧しようとするのみである。中国と新疆ウイグル自治区の関係も同じである。同区自体はウイグル族等テュルク系民族が多数を占めているが、漢民族主体の中国は民族的問題からも先の地政学的事情からもテュルク系民族の分離独立を阻むため厳しい取り締まりを行っている。これに対抗してウイグル族の過激派も爆破テロという行動に出てしまったため、両者がハード・パワーによる対立に激化してしまっているのである。

 しかし、中国はこれまでソフト・パワーによる分離抑止策も行っている。ウイグル族に対して、文化大革命以前からの言論統制が緩和され、ウイグル語正書法の策定や宗教指導者の活動を認めるなど文化的な政策を推進してきた。また「西部大開発」という経済政策は、中国国内の沿海と内陸の所得格差を改善する目論見で始まったが、インフラ整備や教育の発展、科学技術振興、エネルギー開発などの大規模な経済政策を実施することで、住民の生活水準を向上させることに加え独立気運の沈静化も図ろうとしている。
 こうした文化的・経済的政策というソフト・パワーでの紛争抑止は、中央ユーラシア諸国にも有効だと考える。同地域は、先述した歴史的な東西交易の中継地として栄えたこともあり「歴史的文化遺産がある都市」が多い。また、他の国・地域には見られない独特の文学・音楽・美術等の文化もある。それらの歴史・文化を活用したツアリズム施策、文化交流施策の推進や、技術開発や産業創出といった視点で紛争抑止を図ることも可能ではないだろうか。
 こうしたソフト・パワーの施策は、比較的安定した政治体制を構築できている国・地域では有効だと言える。しかし、政情の安定さや紛争の有無、経済レベルといった観点からすれば全ての中央ユーラシア諸国、特に紛争中の国や地域には当てはまらないかもしれない。また、ソフト・パワーは紛争を即時に止める手段ではなく長期的に緩やかに抑止する性格を持つことも考慮しなければならない。それでも、紛争を解決する手段としてハード・パワーに限らずソフト・パワーの有効活用も検討した上で最適な手段に基づいた事態の収拾を図る政治主導がされることを願ってやまない。

フォレスター

Recruit

採用情報

お客様と共に成長し続ける新しい仲間を求めています

Contact

お問い合わせ