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2008.11.15

世論の再考ー日本における双方向的な世論形成プロセスの確立

 2008年11月6日、アメリカ合衆国大統領選挙にて民主党のバラク・オバマ上院議員が大統領に選出された。大統領選の経緯を簡単に見ていくと、民主党内の大統領候補指名選挙では当初はヒラリー・クリントン氏が優勢であったが、オバマ氏が劣勢を跳ね返し党の候補指名を勝ち取った。その後の大統領選においても選挙日直前まで共和党と民主党は五分五分に接していたが、最終的に国民が未来を託したのはオバマ氏であった。

 今回の大統領選ではいくつもの着目すべきテーマがあったが、その中でも特に「世論」の動向に目を向けていた。アメリカ大統領選は劇的なドラマの歴史であり、それらを演出してきたマスメディアと、大統領候補たちを後押ししてきた「世論」がドラマを盛り上げてきた。しかし、今回の大統領選では、新しい世論形成の潮流がこれまでの選挙のルールを書き換えたのである。以前はマスメディアが発信する情報が世論形成に大きく影響してきたのに対し、今回はインターネットを通じて特定のウェブサイトや個人のブログ等から発信される情報(ニューメディアからの情報)が世論形成に影響を与えるという方向性も増えてきた。実際に、「Politico」や「Huffington Post」などの政治・政策に関する専門サイトはより詳しい情報を提供し、今回の選挙における政治・政策論争の活性化に一役買った。もちろんまだマスメディアの役割とその影響は大きいが、マスメディアに依存しない世論形成が今後されていくだろう。

 では、この「世論」とはそもそも何なのだろうか、具体的に考察したい。
まず「世論」を「公的な事象をめぐる争点に関して、社会の成員の誰もが自分の意見と近い、あるいは対立する意見としてメディアや書物などを通じて容易に参照可能な主張の集合」であると定義する。この定義の前提には、個人やグループ、組織などが相互に作用し合い、各々が自己変容するとともに全体を変容させていくという「自己生成的な社会」の存在がある。その社会を形成する主要なプロセス・手段はコミュニケーションであり、現代のコミュニケーションは多様なメディアを通じて行われているという事実もある。コミュニケーションを通じて様々な言論が生み出されているが、どれか一つの言論が決定的な支配力を持つことはありえない。また、どの言論の形成も、各種メディアを通じた情報提供や社会的に影響力のある有名人の考え方や発言、ブログ等による一般人の意見表明などの相互作用で起こるものである。ゆえに、世論とは「コミュニケーションの再帰的な自己創出過程を通じて、結果として誰もが参照できるように形成された意見」と言い換えることができよう。

 それでは、世論はどのようにして形成されるのであろうか。一般的には、以下のようなプロセスを辿るとされている。
1. 様々な世界観、価値観、利害、能力などを持った個人が、メディアや人とのコミュニケーションを通じて特定の争点を認知する。
2. 認知した争点について、メディアや人とのコミュニケーションから得られる情報を参照し、個人としての意見を形成していく。
3. 意見を形成した個人は、その意見を共有する他者と集団を組む場合もあり、組まない場合もある。
4. 集合的意見を形成した集団は、異なる意見を持つ集団と論争したり、まだ集団に属していない人々を説得する行動を採る。
5. 世論調査・選挙・討議などにより、社会全体の「意見」を集計し、その結果を「世論」として採択する。

 今回のアメリカ大統領選を例にとれば、まず民主党と共和党の「争点を認知」し、得られる情報から「個人としての意見=どちらかの党への支持的意見」が形成され、さらに、共通の意見があれば集団を組むこともある。民主党/共和党の支持集団は、双方が論争したり自集団への支持者を獲得しようとする。世論調査や選挙を通じてアメリカ社会全体の「意見」として「世論」が生まれる、というプロセスだ。

 選挙戦中の世論の動向として、まずはブッシュ政権下で軍事予算に国費の多くを費やしたことや経済・金融の失策から現政権への不信感から始まった。その後、アメリカを二分する勢力である根強い共和党層の存在から世論は直前まで真二つに割れていたが、最終的にはオバマ支持が圧倒的となり民主党が勝利した。確かに今回の選挙では、「初の黒人大統領候補への期待」や「オバマが持つ「若さ」や「エネルギッシュさ」からの『変革』に対する期待」といった世論がオバマを大統領に押し上げたといってよいだろう。しかし、今後の政策運営や世界情勢、国内動向、野党や産業界といったステークホルダーからの圧力、スキャンダル等の影響で世論が大きく変容するかもしれない。その世論変容に大きな影響を与えてきたのがマスメディアであったが、今回の大統領選以降、ニューメディアを介して特定の個人や集団が発信する意見が社会全体の意見に拡張し世論形成に大きく影響していくであろう。

 このアメリカの事例に対して、日本における世論形成を見るとどうであろうか。日本でもインターネット等のニューメディアのインフラは整っているが、政策論争や選挙運動に使われている主要なサイトはいまだに存在しない。その理由として、一つには公職選挙法でウェブ上での選挙活動を禁止していることが挙げられる。これは政治家が選挙公示後にウェブ更新をすることや、ネットを通じて献金を募ることを禁止しているものである。これによって政治家は情報発信の場を制限されているのである。それは、国民が政治・政策に関する情報をウェブ上で受発信することが少ないことにも影響しているのではないだろうか。また、オバマ氏のようなヒーローイズムを感じさせる政治家や魅力的な政党が存在しないこと、あるいは昨今の政治・行政への不信からそもそも政治への無関心という風潮も理由の一つとして考えられる。つまり、政治に関してはまだマスメディアによる一方向的な情報発信しかなく、世論形成の場もマスメディアを通じて行われるしか方法はないのである。

 日本の世論の動向を見てみると、かつては自民党の一党独裁に基づく「無条件の自民党への圧倒的支持」という世論が確立されていた。しかし、ここ十数年の社会の急激な変容に対応できない政権や行政への不満からか、徐々に反対意見として別の「世論」が強まるようになってきた。それが、「現在の自民党を打倒できると期待される民主党支持」である。とはいえ、それも確固たる意見とはまだ言えない。2005年衆議院選挙では「郵政民営化の是非」をテーマとした小泉劇場により自民党が圧勝したが、2007年の参議院選挙では民主党が勝利した。しかし、まだ政権を任せられる程の社会的な支持は得られていない。こうした世論動向は一見事実として起きたプロセスのように見えるが、一方でマスメディアが「話題になる」という意図から脚色された面もあっただろう。日本でも世論の形成過程が自己生成的ではあるが、世論発生の起因となる意見・情報に関しては国民間での自己生成的な要素を持ち合わせていないのが現状なのである。

 こうした背景をを踏まえて、我々は世論形成にどう対応していけばよいのだろうか。ひとつには、現代においては複数の世論が存在することと世論の発生プロセスを認知することが重要と考える。また、世論形成に強い影響を及ぼし得る議論の場を着実に増やすことも必要であろう。かつては新聞やテレビなどのマスメディアが議論の場である世論形成の中心であったが、最近ではインターネットを通じて個人のHPやブログも、そうした公共の議論の場として機能するようになってきている。どのような世論がいかにして多数意見になるのかは予測できないが、私たちが自ら議論を主導して、世論形成の方向性を生み出す試みも重要ではなかろうか。
 最近では世論の積極的形成手段の一つとして「討議世論調査(Deliberative Poll)」という手法もある。無作為に一定数の市民を集め、専門家によるあるテーマの政策について講義・解説をした後質疑や討論を通じて政策を選択してもらうという新たな世論調査法である。市民の積極的な政策討議への参加を図るやり方ではあるが、これは民主主義の原点である古代ヨーロッパの市民政治では行われていたことであり、原点回帰の手法と言える。

 世論は「国民全体の意思表示」であり、政策運営を大きく左右する機能を持つ。ゆえに本来の国民の意思が反映された世論に基づいて、政治が行われるべきである。今一度、民主主義の原点を見直し、「世論」形成に積極的に参画していく一人一人の意識と社会的風土が醸成されていくことを期待したい。

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