2008.11.18
パワハラ上司にならないために
企業内でパワーハラスメント(以下パワハラ)を受けて悩む社員は多く、特に上司から部下に対して行われるパワハラは年々増加傾向にあるといわれる。セクシャルハラスメントはすでに社会的認知が確立されているため、企業内でも問題視されやすい。しかし、パワハラは、直接規制する法律も制定されておらず、判例も少ないため、現時点では認定されにくいのが実態である。パワハラは受け手がパワハラと感じたかどうかというだけでは認定されず、明確な基準もないために、表面化しにくいのが現状である。そのような中で昨年末、医薬品販売会社社員の自殺について、自殺の原因は上司のパワハラにあったとして、東京地裁が国内初の労働災害認定を行なった。さらに今年7月には、道路会社社員の自殺に関して、松山地裁は上司のパワハラと部下の自殺との因果関係を認め、約3100万円の賠償を命じている。日本ではパワハラへの規制が立ち遅れているが、上記を受けて今後国をはじめ、各企業においてパワハラへの対応が進むものと考えられる。
パワハラは2001年に日本の専門家によって造られた和製英語であり、現在では日本の労働問題から発生した言葉の1つとして、“過労死”などとともに海外で用いられることもある。パワハラとは、「職場の力関係を背景に相手の自尊心を傷つけるような言動を繰り返し行い、精神的苦痛を与えるもの」という意味であり、具体的には、以下のような言動を指す。
・人前で怒鳴ったり、机や壁などを叩く、「評価を下げる」などの発言で部下を脅す
・仕事のすべてを否定したり、人格を否定したりする
・仕事を一切与えない、必要な情報を意図的に与えない ・・・等
パワハラの本質は人間性の否定であり、人の自尊心を大きく損なわせてしまうことにある。 人は自尊心を大幅に傷つけられると、無感動・無気力・理解力の低下など、様々な問題を引き起こし、延いては人の精神自体を破壊することにも発展してしまうものである。
パワハラの定義は広く、正社員‐非正社員や採用担当者‐応募者など様々な関係性が対象となるが、以下では、特に各企業において問題視されている上司‐部下の関係におけるパワハラについて考察していきたい。
第一に他者からの抑止力がなく、上司本来の人間性が強く現われてしまう環境である。例えば、閉鎖的な職場環境や社内政治が横行する組織などが考えられる。上司にとって、上司の同僚や上役が同じ職場内に存在しない環境では、上司が他者からのフィードバックを受けにくく、上司自身の感情や欲求を抑制する必要性が低くなる。また、政治的なパワーゲームが人の昇格や意思決定に強く影響を与える組織では、上司の意思決定権が強くなりすぎて、上司は部下よりも人間的に上であると勘違いし、部下を尊重しなくなりがちである。
第二に人間性が否定・軽視されやすい環境である。例えば、過度な仕事の標準化が行われた職場環境では、社員個々人の個性や考えを考慮するよりも、社員をモノとして扱うことを上司が効率的に感じてしまい、パワハラに発展するケースがある。
第三に上司の感覚を麻痺させてしまう環境である。オーバーワークなどもその1つであり、上司の人間的・理性的な感覚を麻痺させることに繋がる。 次に上司の内圧的要因について考えてみたい。パワハラを行いやすい上司には様々なタイプが存在するが、特に多いと考えられる3つのタイプについて考察してみたい。
第一に、自己愛が極端に強いタイプである。パワハラに近いものとしてモラルハラスメント(言葉の暴力や無視など、精神的な嫌がらせや虐待を意味するもの)を提唱したマリー・フランス・イルゴイエンヌは、「自己愛性人格障害の傾向がある人物は、モラルハラスメントの加害者となりやすい」としている。自己愛とは自分に対する関心や自分が認められるとうれしいと感じることである。病的な自己愛の持ち主は、常に他者から高く評価されなければならない、自分以外の人を道具としか思えない人であり、自分に対する特別意識が強い、他者に対して激しい嫉妬心を抱くなどがその特徴である。このような人は、自らの権威を脅かすものに対して攻撃的となり、パワハラに発展する傾向がある。
第二に自己の有能感(自分を有能だと感じること)に問題を抱えるタイプである。もともと有能感の高い人が過去にパワハラを受けるなどで、自身の有能感を傷付けられたことから、有能感に問題を抱えてしまうものだ。そのような上司は、自己防衛心が強く働き、部下の有能感を下げることで自分を守ろうとする傾向がある。
第三に支配性が強いタイプが考えられる。部下のことを何でも知っていないと気がすまない、自分が全て意思決定しないと許せないというタイプである。支配性が強い上司は、部下を支配できない状況に強いストレスを感じ、部下に対して攻撃的となりがちである。
上記のようにパワハラを行う上司は何らかの心的問題を抱えているケースが多い。しかし、パワハラ上司の多くは、自分自身の問題を直視することなく、上記で示した様々な外的要因を取り上げて、自身の言動を正当化することによって、自己弁護する傾向が見受けられる。「部下指導のため」「業績向上のため」などよく聞く言葉だが、パワハラは部下を死に追いやる危険性も孕んでおり、管理職のマネジメント手段として許されるものではない。 上記で示したように、パワハラは特別な環境で起こるものではなく、多くの組織や職場に該当するものである。そのような中で上司に求められることは、まず、自分自身がパワハラを起こしやすい環境に常に身を置いていることを理解することだ。上記を参考にしながら、自分自身の外的要因をはじめ、内的要因・部下との関係性を正しく把握することをお薦めしたい。さらに自分自身の言動が、実際にはどのような影響を職場や部下に与えているかに気付くことが求められる。しかし、パワハラを行っている上司には自覚症状がないことが多く、自分ではなかなか気付きにくいのが実態である。自身の言動を検証するためには、日常的に他者からの率直な指摘を得られる環境を作らなければならない。パワハラが行われる職場では上司の同僚や上役が存在しないことが多いため、そのような場合には、フォロアーをつくることをお勧めしたい。自分自身の言動を客観的に評価し、率直にフィードバックを得られるフォロアーを育成することが有効である。 パワハラ上司にならないためには、パワハラがなぜ起きてしまうのかを理解し、自身の言動を常に検証することがもとめられる。特に昨今、企業の外部環境は急激に厳しさを増しており、短期的な業績向上や効率化を理由に、ますます人間性が排除されやすい環境となっている。上司の仕事はパワハラによって部下を追い詰めることではない。人間性が否定されやすい職場環境において、部下を支援し部下の心に自尊心を取り戻させることこそ、上司に期待されることではないだろうか。
モンブラン