2009.10.23
3D映像は薄型テレビ戦争の決定打か?
幕張メッセで開催された世界3大エレクトロニクスショーの一つである「CEATEC JAPAN 2009」が10月10日に閉幕した。ここ数年の薄型テレビ戦争のトレンドは、フラットパネルディスプレーの大型化競争であった。日本企業と韓国企業が毎年世界一を謳い上げ競い合ってきた。こうした競争が数年続いていたのだが、昨年の150インチで大型化は一端終止符を打った。変わって昨年は薄型化、軽量化が新しいテーマに取って代わり、これも各社が我こそは、と薄さを強調していた。しかし薄型化も10ミリ以下のレベルまできてしまうと、もはやそれ自体に差異がなくなってしまい、今年、薄型化はあまり話題にならなかった。こうした大型化、薄型化というカタチの話が一段落したあとに訪れたのが「3D」である。各メディアは挙って、薄型3Dテレビの展示が相次いだことを取り上げた。電機大手各社とも、薄型3Dテレビを2010年以降に製品化する予定。これほど薄型3Dテレビが出そろうのは今回のCEATECが初めてで、まさに「薄型3Dテレビ元年」と言える盛り上がりぶりであったそうだ。 3Dといっても、画面には平面の映像が映し出されている。にもかかわらず、立体映像として見えるのはなぜか。その理論は単純だ。目の前に指を1本立てて左右の目を交互に閉じてみる。すると左右の目が、実は異なる形で映像を見ていることに気づく。通常、人間は左右の目の間に約6cmの幅があり、そこで生じる視野角の差を、脳が認識することで物質を立体的に感じている。人間の場合、右目で見る映像を右目だけ、左目で見る映像を左目だけが見れば、脳は送り届けられてきたそれぞれの映像を、立体として認識するようにできている。この原理は100年以上前から知られてきたものだ。この原理を、最も単純化した方式が「アナグリフ」だ。一方のレンズは赤色のフィルターを、もう一方のレンズには青色のフィルターを装着したメガネを使う。このメガネで映像を見ると、浮き上がって見えるのだ。赤のフィルターを通すと映像の赤色部分は見えなくなる。青色部分でも同様で、右目と左目で見え方が違ってくる。それによって脳は、映像を立体的に感じるようになるのだ。 電機大手が最も力を注ぐ3Dテレビは、夢と感動を与えるテレビではあるかもしれない。ただ、冷静に見れば、これから少なくとも数年の間、消費者が積極的に家庭に導入するとは考えにくい。リビングに集まった家族がメガネをかけてテレビを見ているシーンは異様に感じられるし、日常シーンに溶け込みにくい。あくまでも映画を見る、スポーツ番組を観戦するといった非日常シーンの娯楽映像にのみ用途が限定されるであろう。 これまで3D ディスプレイ市場は2 度の立ち上がりに失敗しているとされている。その主な要因として、ディスプレイのコストが2Dと比較し高いことと、コンテンツ不足が指摘されていた。 確かに、CEATEをはじめとしたメーカーが主役の展示会は、製品化前段階でのコンセプト提示・技術開発力のアピールの場としての役割が大きいため、技術先行型の展示になることが通例である。しかしながら、今回の3Dテレビは、本当に消費者の未来ニーズを予期し、それに応えるためのものであったのだろうか。 ユートピア
現在、薄型テレビは高画質化で特徴が出しにくくなり、主戦場が価格競争に遷移して競争が激化している。欧米、アジアでは、韓国サムスンが世界を席巻しようとしており、海外では、ソニーよりも2割も高い価格でサムスンのテレビが売れているほどブランドイメージが上がっている。日本の電機大手が3D化を進める背景には、新しい付加価値を提供することで、価格競争から一線を画し、自らのブランドイメージを引き上げることが狙いだ。
3D映像は、メガネを使った右目と左目の見え方の違いを利用して、平面を立体的に見せているものだ。各社、様々な3D方式でしのぎを削っているが、この基本的な仕組みに変わりはない。(メガネなしの3D映像も試作されてはいるが、今現在実用レベルに至っていない)
インフォシークの調査によると、普段よく見る番組ジャンルについては、「ニュース」が最も多く、次いで「天気予報」と、毎日決まった時間に放送している情報系ジャンルが他を大きく引き離して上位2項目を占めている。また、今後テレビに望むこととしては、「正確さ」「情報の新鮮さ」「公正さ」といった情報源そのものに関する期待が上位に位置し、「娯楽性」「映像の美しさ」といった期待はこれに劣後している。このようなことから、そもそも3Dが得意とする映画やスポーツ、ドキュメンタリーといったコンテンツの視聴に関する機能を優先的にテレビ購入の意思決定要素とするユーザーはマジョリティーではないことがわかる。
別な調査では、各家庭でテレビを最も視聴している時間帯は朝食・昼食・夕食の食事時であることが明らかになっている。一家団欒の食卓において、メガネをかけてテレビを見ながら楽しい食事をしているシーンが想像できようか。
3Dテレビは一部のユーザーが期待するものであり、多くのユーザーがテレビに求めているものではなさそうだ。また、3Dテレビを今実現するには、“メガネ”をかけてテレビを見る、というライフスタイルの変更が前提となってしまう。確かに、3Dテレビの価格が機能を備えていない通常の薄型テレビと変わらないのであれば、付加的に機能を備える3Dテレビを選んで購入する消費者は相当数いるであろう。しかしながら、電機大手各社は3D機能を価格競争から一線を画すことを企図した一手であるとしており、通常の薄型テレビよりも高価格を狙っている。である場合、他の薄型テレビに比べて値段の高い3Dテレビをあえて好んで選択し、購入する消費者がどれくらいいようか。さらには、多くの人があまり求めていない機能を付加することでどれくらいのブランドイメージが向上するものなのか、疑問が残る。今回、日本の電機大手がこぞって展示を競った判断は正しかったのか。
ディスプレイコストは、まさに今後各電機大手が取り組む課題であろう。一方のコンテンツ不足解消に向けても、昨年来、ハリウッドの著名な映画監督が3D 映画に本格的に取り組むことを宣言するなど、ハリウッドを中心とした映画業界の3D 映画への積極的な取り組みが見られる。SONYを見てもわかるように、今や電機大手とコンテンツ会社は不可分の関係となりつつある。今回の3Dテレビに関しても電機大手と映画という金の生る木を持つ映画配給会社の思惑が合致したがために、作る側の都合によって消費者が踊らされる仕掛けの一部のように見えてならない。電機大手とコンテンツ会社とが共同で行う取り組みとして3D以外にも、消費者のニーズに応えるより有効な手立てがあったのではないのか。例えば「情報の新鮮さ」という消費者のニーズに対しては、莫大なリアルタイムコンテンツ映像の中から視聴者のチャンネルの好みの傾向をマイニングして、自動的にセレクトしたコンテンツを自動放映するといった機能などがあれば面白いと思う。実現されれば、筆者であれば、世界遺産の“今”を自宅に居ながら感じることができそうだし(フウチョウの求愛ダンスの瞬間が見られるかも!)、合間にオバマ大統領のグリーンニューディールに関する演説が自動的にフレームインしてくるかもしれない。
今や国内電機大手は、薄型テレビの売上や利益の半数以上を海外市場に依存している。だからといって、足元の国内消費者の意見に耳を傾けないやり方は、少々強引すぎはしまいか。海外を見ても、BRICsなどの新興国の『ネクストリッチ』といわれる、次に世界を制するために最も重要となる中間所得層は、高付加価値製品ではなく機能を絞り込むなどでコストを抑えた普及価格帯の中・廉価製品を求めている。
過去にも、技術的には素晴らしいモノではあったものの、消費者のニーズや意見に十分に耳を傾けず失敗に終わった例は枚挙にいとまがない。電機大手は、消費者に買いたい、買い換えたいと思わせるような新機軸を常に必死に探しており、今はそれが3Dテレビのようである。しかしながら、当の消費者の多くがそれを求めていないのもまた事実として浮かび上がって見える。国内電機大手の薄型テレビ戦争の行く末は、まだまだ多難だ。。