2009.10.27
成長企業に学ぶシンプル・メッセージ
「やってみなはれ」は、サントリーの企業文化を象徴するメッセージである事は多くの方が知るところだ。組織を象徴するシンプル・メッセージが組織の隅々まで浸透している企業ほど、成長しているのではないかと感じる。何故そのような感覚を覚えるのかを考えてみた。
米国式マーケティング論が日本の経営に取り入れられてから久しい。書店に行けば入門書から高度な専門書まで幅広く取り揃えられている。今やマーケティングはビジネスマン必携の書の1つと言っていい。入門書にはじまり、専門書を数冊も精読すればマーケティングの基礎理論を理解することはできる。ところが、日々のビジネスにマーケティング理論を落とし込むとなると意外に難しい。「マーケティング理論の実践化」は簡単ではない。
何故なのか?その原因の一つに、マーケティングを企業経営に落とし込むためのノウハウが書かれている書籍が少ないことや、社員からの目線でノウハウ化された内容も見当たらない事があげられる。どの書籍を見ても、フレームワークやケーススタディは豊富だが、どのようにして自社に適用すれば、マーケティング・エクセレンスな企業になれるのかが見えてこない。更に、マーケティングの定義もアメリカマーケティング協会の定義をもとにしているケースが多いため、実践型の定義として理解しにくい事も「マーケティング理論の実践化」を難しくしている。
より、実践的な定義をするのであれば、マーケティングの本質は「顧客創造」と理解すべきだ。「顧客創造」とは、自社のビジネスを拡大・成長させるために必要な経営資源の活用方法を考え、それを実行し成果を最大化すると意味づけられる。「顧客創造」こそ、マーケティングの核心だと考えられる。
日本で「顧客創造」を自社のマーケティング・コンセプトに位置づけている成長企業と言えばファーストリテイリングだろう。同社のトップ柳井氏がドラッカーの著書に学び、自分自身の解釈を加え「顧客創造」の思想を組織全体に徹底して浸透させ成長してきた。
例えば、商品開発部門では、「これまで取り込めなかった顧客層を、商品を軸にしていかにして取り込むことができるのか?を徹底して考えること」が、商品開発部門の「顧客創造」の課題と認識されている。最近の具体的な例で言えば、ヒートテック素材の商品は、年々新しい顧客を取り込む事に成功している。これは、商品開発部門がヒートテック素材の機能性を軸にした商品価値(高い保温性を軸にした商品)から、(保温性+デザイン性)へと付加価値を高めていく事で、よりファッション性を重視する顧客層を新たに取り込む事に成功したためで、まさに商品を軸にした「顧客創造」を実践した結果だと言える。
「顧客創造」というシンプルなメッセージが組織内に周知徹底されている。
ここに「マーケティング理論の実践化」へのヒントがある。自分が所属する組織の大きな目的をマーケティングの核心となるシンプルなメッセージによって理解することで、その目的を達成するために組織的にどのような課題をクリアすべきかがより具体化される。
マーケティングの理論やフレームを知らなくても、自分の仕事を通じて「顧客創造」を実現するには何をどうすればいいのだろう?という問いかけに、社員が自ら思考し、仲間と議論を重ね、解を導き出す事は、まさにマーケティングそのものだ。理論を先行するよりも実践的にマーケティングをあらゆる組織に落とし込む事ができる。調達、開発、生産、物流、販売、サービス、人事、法務、その他、どの組織に属していたとしても、「顧客創造」を目的に、各組織の付加価値を出すことが各組織の使命になる。物流部門であれば、販売重点エリアはどこか?を知らなくてはならない。そのために、より効率的かつ確実に販売重点エリアに商品を届けるためのシステムや物流体制を整え、物流部門も「顧客創造」に貢献しなくてはならない。組織への「顧客創造」の徹底は、「マーケティング理論の実践化」を実現し、組織毎の価値の最大化を可能にする。
この事例から、マーケティングの核心をシンプルなメッセージに置き換え組織全体に浸透する事の重要性を知ることができる。ファーストリテイリングは外資系企業に負けないマーケティング・エクセレンスな企業だ。同社から学ぶべき事は、マーケティングの本質をシンプルなメッセージと共に組織全体に浸透させる事に他ならない。
ここ最近成長著しい企業として「ジャパネットたかた」も注目に値する。同社はどのようにして「顧客創造」をしてきたのだろうか?「ジャパネットたかた」は、地方のカメラ店からTVショッピングへと業態転換した企業である。TVを通じて「商品機能を売る」のではなく、「商品のベネフィットを売る」ことに力を入れ、高田社長の軽快なトークに乗せて売り上げを伸ばしてきた。一般的にメーカーは、商品の技術的優位性を消費者に伝えようとするが、「ジャパネットたかた」は、商品を購入することでユーザーの生活がどのように変わるのか、何が便利になるのかを視覚的に伝えることに力点を置いている。これは、マーケティング理論で言うプロモーションの基本であり、それを徹底して実践した代表的な事例と言えよう。更に、注目すべき点は、商品知識が豊富なアーリーアダプター(商品知識のある積極的な購買層)ではなく、フォロワー(商品知識のない消極的な購買層)を開拓した事も見逃せない。換言すれば、商品のベネフィット(身近な生活の利便性の向上)を、TV番組を通じて視覚的に説得し、世の中の情報に対して決して感度が高くないフォロワー層を取り込む事に成功した。また、番組制作のクオリティが売り上げを大きく左右するため、フォロワーそ層の視聴者が納得する番組コンテンツの制作には徹底してこだわっている。番組制作はすべて自社スタジオ、自社スタッフによって制作されているため、放送10分前でも、予定していた商品をデジカメから、電子辞書に代えることもやってのける。このこだわりは、顧客からの些細なクレームへの対応の早さにも現れる。顧客からの声を次の番組の放映に即反映する徹底ぶりだ。
フォロワー層をターゲットにした同社のマーケティングの核心は「新しくて楽しい生活づくりをお値打ち価格で」にあるように見て取れる。因みに同社HPには、「マルチメディアでモノの向こうにある変化や生活を伝えたい」とあるが、高田社長のあの軽快なトークに乗せて、実際には社内でどんなシンプル・メッセージが流通しているのか、機会があったらぜひ一度聞いてみたい。
「顧客創造」はどの企業にも適用できるマーケティングの本質である。しかし、それだけでマーケティングのノウハウが組織内に浸透する訳ではない。マーケティング・エクセレンスな企業を目指すのであれば、過去から今日までの経緯を振り返り、自社特有の競争優位性を見出してもらいたい。そして、自社のマーケティングの本質を表現するシンプルなメッセージを創りだし、いかなる組織に対しても、そのメッセージを目的とした組織の価値づくりを周知徹底すれば、マーケティング・エクセレンスな企業に近づけるはずだ。
つい先日、サントリーが不可能の代名詞とされていた青いバラの開発に成功したという記事を目にした。多少大げさかもしれないが、「やってみなはれ」が「誰も想像しなかった未来を創れ」と聞こえてくる。
アーリーバード