2010.12.08
逆張りのすゝめ ~セオリーの逆にあるイノベーション~
H&MやFOREVER21、ZARAなどの外資系企業に押されている日本のアパレル業界において、近年、急激に認知度が上がり、成長を遂げている企業がある。「鎌倉シャツ」という愛称で呼ばれている「メーカーズシャツ鎌倉株式会社(以下MSK)」である。MSKは貞末良雄会長が、1993年にその名の通りに鎌倉市のコンビニエンスストア2階に創業した。当初からシャツ専門のSPAとして、税込5,145円のシャツを作り続けている。現在も、FCも含めて18店舗(5,145円のシャツを購入できるのは17店舗)と、他のアパレル企業と比べても規模は大きくは無い。今年の10月下旬に開業した羽田空港国際線ターミナルにも出店する等、リーマンショック後の不況の中でも成長を続けている。 MSKの知名度が急激に上がったきっかけは、2008年秋のリーマンショック直後に貞末会長出した、「これからは積極的に損をするぞ」という指示だった。貞末会長は、多くの同業が調達費等の削減を行うことでの利益改善を進める中で、敢えて正反対の「利益を削ってでも品質を上げることで、顧客を増やす」という決断をした。 このように、元から高品質の商品を、市場からすると低価格で販売していたが、リーマンショック後でもMSKは高品質の生地を買い付け続けた。急激に冷え込む市場に対応する形で、安価な商品を販売する“ファストファッション”を提供する大手外資系アパレルに対して多くの耳目が集まるようになったが、一部の敏感な消費者によって、鎌倉シャツの、価格からすると驚くべきほどの品質が評判になっていった。この評判を聞きつけたテレビ番組での紹介により、番組放映後の同月の売上が前年同月比の2.5倍にまで急増した。 リーマンショック後の不況の中で、MSKは「顧客を増やす為に、コストをかけてでも良い製品を作り続ける」という判断を下したわけだが、単に高品質の製品を作るだけでは、他の高級アパレルメーカーと変わらない。また、副作用としての原価率の上昇(=利益率の悪化)を招く恐れもある。そのため、MSKはこの“逆張り”を実現する上で、利益の減少を防ぐための施策も適切に打っていた。目的の「顧客増」も一見すると“逆張り”に見えなくもないが、増収増益という目的はどのよう企業にも共通する。そして、実は「顧客増」という目的を実現するための施策こそ、これまでの業界セオリーとは異なる、まさに“逆張り”の施策であった。 閉塞する経営環境の中で成長をするためのヒントが、この逆張りにあるのではないだろうか。 MSKが行ったのは、需要減退に備えて「何とかしてコストを下げる方法を考える」というセオリーではなく、敢えて「顧客を増やすことができるような施策を考えた」ということが、結果として“逆張り”の施策となったということだ。実際に、国内の縫製工場と取引を行うことでの余分な流通経費の削減という「②サプライチェーンの変革」を実現することができ、また市場では1万円~2万円するような高級シャツと同等の商品を、5,145円とリーズナブルな価格で売り出すという新しいサービス提供、つまり「①顧客提供価値の変革」を実現することができた。 ※本コラムの執筆に際して、2010年11月29日(月)発行の日経流通新聞の記事を一部参考にいたしました。 ホームタウン
もともとMSKの品質基準は高く、同社のHPでも「1.素材は綿100%、80番手双糸以上のもの」「2.縫製は丈夫な美しいシングルニードル(巻き伏せ本縫い)」「3.ボタンは天然の高瀬貝を磨き上げた貝ボタン」という3つのルールを掲げている。「番手」というのは糸の太さを指しており、数字が高いほど細く、生地にすると滑らかで光沢が出る。80番手の糸は、百貨店で1万円~2万円で販売される高級シャツに利用されるものであり、ここから同社の品質に対する拘りが伺える。一般的に高級シャツの原価率はおよそ20%といわれる中で、MSKのシャツの原価率は60%程に達すると言う。
その後も高品質のポロシャツやニットを販売し続けた同社。売上は順調に伸びていったが、その代償としての原価率の上昇も覚悟していた。しかしながら、想定していた程の原価率の上昇はなく、これまでと大きな変化はなかった。その要因は奇しくもリーマンショックによる世界同時不況。高級素材の価格も、品質からするととてもリーズナブルに調達することができた。
モノが売れなくなる不況下においては、利益確保のためにコスト削減をすることが一般的な経営のスタンスであるが、そのスタンスに逆らって、敢えて“逆張り”(投資に関する言葉で「他の投資家たちが弱気になって株価が下落してくる場面を買う手法のこと。他の投資家の裏をかく投資手法という意味合いだが、基本的には下がって行く動きの中で買い、上がってきたところを売るという投資姿勢のこと。ここでは、業界の主流の考え・セオリー・打ち手とは逆の考え・セオリー・打ち手のことを指す。」)し、原価上昇をも覚悟して高品質の商品を提供し続けたことが急激な成長に結びついたと言えるだろう。
1つ目は、「セールをしない」ことである。多くのアパレルメーカー、特に世間の耳目を集めるファストファッションブランドメーカーは、数多くの商品を短いサイクルで大量生産・販売する。これが商品の回転率を上げ、在庫を減らすことに繋がっているが、それでもある程度の在庫はたまるため、定期的にセールをして在庫を減らすことが一般的だ。セールは販売単価を下げるため、減収減益の大きな要因となる。そのためMSKセールをしなくてもよい、つまり在庫を抱えないための体制構築を重視した。まず、シャツという多くの顧客が存在し、需要が安定的にある商品及び関連商品にターゲットを絞ること、そして5,145円という比較的安価な統一価格で販売することで、セールをせずとも在庫をさばくことが可能になり、原価率が60%でも利益を生み出す体制を構築することができている。
2つ目は、「人件費の安い海外工場に縫製を依頼しない」ことである。他の多くのアパレルメーカーが、人件費の安い中国等の工場に縫製を依頼するケースが多い中、MSKは技術水準の高い国内の縫製工場に仕事を依頼する。それにより高品質を保つことができるが、もちろんコストもその分かかってしまう。それに対応するため、MSKは一般的なSPAとは異なり、直接、国内の縫製工場と取引を行うことで余分な流通経費を削減させた。また、「工場の安定稼働を意識した、年間を通しての発注」や「翌月の現金払い(一般的な縫製取引は手形を用いる)」など、自社だけでなく工場とともに利益を得られるモデルとすることで、高品質な商品を安価に製造できる体制を、安定的に築くことができた。
このような逆張りは、単純に主流とは逆のことをすればよいという訳ではない。マーケティングから商品開発、生産計画を緻密に行う必要がある。それができなければ、過剰在庫や採算の合わない商品開発を引き起こしてしまう。MSKでは、関連会社の株式会社サダ・マーチャンダイジング・リプリゼンタティブ(略称株式会社SMR)がこの役割を補完している。“逆張り”を実現するためには、市場を俯瞰する鳥の眼と顧客に近いところで五感をフルに活用して実態を把握する虫の眼、そして世の中の流れを感じ取り未来を察知する魚の眼が備えることが、実は大前提にある。
企業において、持続的な成長のためには、イノベーションが求められる。イノベーションの定義には諸説あるが、ここでのイノベーションは「ビジネスモデル」あるいは「技術」の変革を伴う新しいビジネススキームを構築すること、としたい。
このビジネスモデルの変革に、逆張りが有効に働くと考えることができる。ビジネスモデルの変革を細分化してみると、「①顧客提供価値の変革(全く新しい商品やサービスの提供、もしくは既存商品の応用版の提案)」「②サプライチェーンの変革(価値の創出から市場提供までの仕組みの変革)」「③ターゲット顧客の変革(マーケティング・販売・流通の対象になっていないセグメントを商品、サービスの提供対象とする)」の3つがある。
“逆張り”とは、セオリーの対極にある。このセオリーを疑ってみることが、実はイノベーションの種になるということが言えるのではないだろうか。セオリーといわれる打ち手を盲目的に是とする頭の固い思考を抜け出すことこそが、企業の成長を実現するイノベーションを生み出すはずだ。
多くの企業が、閉塞した状況を打破するためにイノベーションを求めている。その第一歩として、鳥の眼・虫の眼・魚の眼を持ち、世の中のセオリーとは異なる“逆張り”の決断をしてみてはいかがだろうか。