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2017.03.15

新たな育児の在り方を創造し、待機児童ゼロを実現する

 安倍首相は、2017年度末までに待機児童をゼロにするという政府目標に対し、目標達成が困難であることをコメントし、事実上のギブアップを宣言した。待機児童の問題は深刻であり、出生率の改善と、働く女性の増加を両立させる政府方針に冷や水を浴びせかねない状況だ。

 待機児童の問題は、2001年の小泉政権時代に「待機児童ゼロ作戦」に着手して以来、一度もゼロを達成していない。 保育需要に対し、必要な供給量が拡充されれば待機児童の問題は解決するはずである。なぜ、待機児童の問題は長年にわたり解決しないのか。

 根本的な原因の一つは、政府・各自治体が保育需要量を把握できないことだ。
 保育サービスの供給量(保育所の受入れ人数)は、待機児童の需要量に基づき決定すべきだが、各自治体が公表する待機児童数は、定義が一致しない。“特定の保育所のみを希望する場合はカウントしない”など、自治体によって定義が異なる。“保育所に入れず育休延長した”、“会社を辞め、保育所と仕事を同時に探している”といった保育需要のある世帯をカウントしない自治体も多く、正しい保育需要量を把握できない状況だ。
 2016年の実態をみると、待機児童の対象となる未就学児(0~5歳)の人口は約620万人、保育所の定員数は約270万人、保育所の利用者は約260万人である。待機児童数は約4.5万人、定員数に対して極めて少ない人数であるが、潜在的な待機児童数は170万人とする試算さえある(日経新聞)。事実として、未就学児の約半数(約250万人)には、保育サービスの受け皿がない。現状では、育児・保育の担い手である女性の求職需要の拡大は、保育需要の拡大となり、待機児童の増加に直結する。
 2016年9月、厚生労働省は待機児童の定義の見直しを実施しているが、実質的な保育需要を捉え切れないまま、保育需要の増加と保育サービスの拡充が続いている。現状の根拠の乏しい保育需要の予測に基づく、供給量拡充の目標設定のままでは、いたちごっこは続きそうだ。

 もう一つの根本原因は、保育需要と供給のアンマッチだ。
 現在の保育所は供給数の方が多く、全国的に約16万人分の空きがある。一方、待機児童数を地域別/年齢別にみると、その7割は都市部に集中し、9割は3歳未満である。
 受け皿である保育所数を増やし、保育士を増員できれば待機児童の問題は解決するわけだが、都市部においては、保育所の用地不足と保育士不足が顕在化している。用地不足は、公園の敷地や庁舎の利用、小規模保育所の拡充により改善傾向だが、保育士不足は深刻だ。待機児童数が最も多い東京都の有効求人倍率をみると5.72倍、都心の求人倍率は66倍まで跳ね上がったこともある。
 なお、3歳未満の待機児童が多い理由は、国が定めた保育士の配置基準によるものだろう。0歳児3人、1~2歳児6人に最低1人の保育士の配置が義務付けられる。3~5歳児の場合は、2-30人に1人の保育士の配置で良い。つまり、年齢別の待機児童の偏りは、保育士不足によるものと解釈できる。
 東京都の調査(東京都保育士実態調査報告書)によれば、保育士の有資格者が、他の職業を選択する最たる理由が処遇である。女性保育士の賃金は、全産業の女性平均賃金と比べて年収が約50万低い。保育需要が集中する都市部は、物価も高い。各自治体は給与補助による処遇改善に取組むものの、必要人員数の拡充に至っていない。

 以上が、待機児童問題の概況だ。ここからは、待機児童ゼロを実現する問題解決の仮説について考える。
 待機児童ゼロの実現には、都市部を中心に潜在的な保育需要を満たす供給量の拡充が必要である。そして、十分な供給量を確保するには、保育所と保育士の量的な拡充、或は、現在の保育士の人員数で対応可能な仕組みが求められる。

 先ず、保育士を量的に拡充することが喫緊の課題だ。
 現状は約56万人の保育士の97%が女性である。ほとんどの保育士は、保育士養成施設の卒業者だ。しかし、卒業生の半数は他の職業を選択しており、この旧態依然とした育成と就職の流れが正常に機能しなくなってきている。
 保育士の量的な拡充には、画一的な人材層ばかりが就職する現状を一新し、全く異なる人材層をターゲットとした育成とリクルーティングを考えるべきである。例えば、60代の高齢者や、早期退職者を対象に、“第二の人生は、将来の宝を育む保育士になる”といったキャンペーンを打ち出してはどうか。育児経験があり、年金などにより生活が保障されている高齢者などは最適だ。ジョブサイズを適切に再設計することで、若年層と再就職者の職務内容と給与バランスを適正化しやすくなる。各自治体は、該当する対象人材のリストを作成し、保育士の資格取得の援助・促進を行うことを考えるべきだし、政府は一大キャンペーンを打ちだし、国を挙げての育児を推進すべきだ。ターゲット人材層の求職ニーズを調査・把握する必要がある。

 次に、保育士を、魅力的で就職したい仕事に変えなければ、育成と就職の歩留まりは改善されない。
 保育士の付加価値が低いことが問題となる。「児童を一時的に預かる」という付加価値の低い立場・役割を一新し、付加価値の高いキャリアを開発しなければならない。 例えば、心理学、栄養学、生態学、哲学など、育児・保育に関わる学問的な裏付けを学び、サービスに活かすキャリアの開発は、保育士の付加価値向上に寄与するはずだ。他にも高齢の新人保育士といった多様な関係者をマネジメントできる人材、新たなサービスを立ち上げる人材など、付加価値の高いキャリアを開発する余地は大いにある。保育士は、多様な人材が目指す仕事に変わる必要がある。

 最後に、保育士に依存しない保育の仕組みづくりを考えるべきだ。
 保育士の量的な拡充がなくとも、保育は可能である。なぜなら、現在でも約250万の未就学児は保育サービスの対象外だからだ。保育士の量に依存しない保育サービスを開発し、新たな受け皿を拡充する。新サービスの利用者分は、認可保育所に空きつながり、待機児童数を減少させる。特に、3歳児以降は幼稚園などの選択肢も広がる為、ネックである0~2歳の未就学児の受け皿となれば良い。また、比較的展開しやすいスキームとすることで、現在は受け皿のない未就学児も対象とし、更には、出生率の改善にも貢献していくことを考えたい。

 想定する保育サービスは、子連れサテライト・オフィスだ。
 育児休暇を連続長期休暇とせず、働けるタイミングから復職できるサービス・モデルを開発する。ターゲットは、都市部で働く母親、或は、働く意欲のある母親とする。未就学児の母親の8割は、働く意欲がある為、誰もが利用したい高付加価値のサービスとなれば、待機児童の解消に貢献できると考えている。
 子連れサテライト・オフィスは、用地不足の問題がない郊外に開設する。都市部の満員電車を避けるという安全性の観点からも郊外が最適である。基本サービスでは、サテライト・オフィスの機能、託児施設、宿泊、送迎など、育児・保育と就業に必要な施設機能を一通り提供する。優秀な保育士有資格者を、事務や託児スタッフとして高い給与水準で雇用、専門家による育児・保育のコンサルティング・サービスなども提供する。
 また、利用者同士が育児・保育を融通しあい、協力しあうコミュニケーションを促す。オフィスへの子連れ出勤は、ソウ・エクスペリエンスやザッパラスなどのベンチャー企業の先行事例がある。従業員が育児・保育し、融通しあいながら働くスタイルが定着している。各企業が個別に子連れオフィス可能な環境・制度を整備するには時間を要する。一括して受け皿となる環境・制度をパッケージしたサービスとする。 都市部に多い共働き世帯では、母親が一人で育児・保育を行い、育児ノイローゼとなるケースも少なくない。母親の孤立を避け、育児・保育を心から楽しんでもらいたい。更には、母親ではなく父親の利用も推奨する。女性が活躍する時代において、出産前後の数ヶ月以外は男女の差こそゼロにすべきだ。

 本サービスの費用は、認可保育所より割高になるはずだ。利用者の費用負担や政府・自治体の補助金は必要だ。加えて、福利厚生の一環として、企業からの補助も期待したい。
 第1子出産後の母親の離職率は約5割と高く、企業にとって深刻な問題である。労働力不足、人材不足の現代において、人材のリクルーティング・コストは高騰し、リテンションが人事上の重大な課題である。リテンションにおいて、金銭的な報酬より、労働環境の整備や能力開発の支援が有効策となっている。本サービスは労働環境の整備にあたり、能力開発支援サービスを追加しても良いだろう。また、育児休暇が長引けば復職のハードルがあがり、離職率が高くなる。リテンションの効果が検証できれば、費用対効果は論理的に説明可能であり、福利厚生の一環として提携する企業も増えることを想定する。
 本サービスは、就業中の母親にとっては「働く保育」だが、就職中の母親にとっては「学ぶ保育」サービスだ。資格取得やクラウドソーシングによる職務遂行の機会を提供し、実務能力を磨く。「学ぶ保育」はビジネスモデルを構築しなければならないが、高い土地に保育所を開設し、高い給与補助を配布する予算の一部をあてることで、マネタイズの可能性も視野に入れたい。或は、実務能力を保証できれば、企業への人材紹介までサービス化していく。

 待機児童の問題は、表面的には量(保育人数)の問題とされている。しかし、本質的には国の保育能力が劣化しているとみるべきだ。保育サービスの付加価値が相対的に低下する状況を放置し、暫定的な対策しか打ち出してこなかった結果として、産業を衰退させてしまった。また、待機児童の問題を、都市部における一部の母親の問題とすべきではない。育児・保育という将来の宝を育む仕事は、社会全体の責務である。国家の保育能力の劣化という一大事に対し、官民総力をあげて知恵を絞り、新たな育児の在り方を創造すべきだ。

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