2025.10.14
『鬼滅の刃』の人気を支えた構造とは?
「鬼滅の刃」と聞いて、知らない、聞いたことがないと答える日本人はどのくらいいるだろうか。見たことがなくても、聞いたことがある人がほとんどだろう。大ヒット公開中の『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は、国内興行収入ランキングにて公開中にもかかわらず357.7億円を記録し、2位に浮上した。因みに、現在の1位も407.5億円で『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』がランクインしている。社会現象となった鬼滅の刃の人気は、単なるヒット作の域を超え、世代横断の共通言語を生み出した現象といえるだろう。本稿では、「鬼滅の刃」がここまで人気となった理由を以下2点の観点から検討していく。
第1に、コンテンツ自体の共感を軸にしたストーリーと設計である。鬼滅の刃は大正時代の日本を舞台に、鬼に家族を殺された少年・竈門炭治郎が、鬼となってしまった妹・禰豆子(ねずこ)を人間に戻すため、鬼狩りの組織「鬼殺隊」に入隊し、仲間とともに鬼と戦う物語であるが、家族を喪った炭治郎が、鬼となった妹・禰豆子を救おうとする思いは、血縁・献身・弔いという普遍的感情を喚起している。その一方で、登場人物の弱さの肯定や倫理的対話は、現代的感性と噛み合った。実際、LINEヤフーの調査では、視聴・読書経験が「全体の6割超」、かつ年齢性別を跨いだ広い支持が示され、好きな理由として「辛い体験を力に変える心の強さ」「妹のために頑張る姿」など、物語に対する倫理的な観点が多数挙がった。これは単なるバトルの爽快感よりも、価値観の共感が広い支持を集める要因であることを示唆する。
また、編集戦略として全23巻で完結した点も特筆される。長期化しがちなジャンプ作品の中で参入ハードルを下げ、短期間で口コミが拡散。新規読者が追いつきやすい構造が、売上集中を生んだ。これは他作品にも再現可能な「読者への共感+参入障壁が低い構造」という普遍的な戦略である。
第2に供給・流通・プロモーションの三層戦略だ。供給戦略については、アニメーションは映画界からも評価され、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が第44回日本アカデミー賞で最優秀アニメーション作品賞を受賞。音楽面でも主題歌「炎」を歌うLiSAが第62回日本レコード大賞の大賞を獲得し、物語・映像・音楽が三位一体で世間に浸透した。結果として爆発的に知名度や人気度が拡大し、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は国内興行収入歴代1位という成果を残し、テレビ初放送では世帯視聴率21.4%を記録した。通常、アニメ作品では配信権や放送権で収益を重視し、無料配信に慎重になるが、鬼滅の刃は「無料配信=認知拡大の手段」と割り切った運用が行われた。また、劇場版の大ヒット後、地上波特番や新章放送、主題歌の音楽特番など、接点の“点”を“線”にして記憶を上書きしていく設計が続いた。例えば地上波初放送の21.4%という視聴率は、その前後の特番編成・新章告知と相まって、視聴の理由を明確化した例だ。さらに、全国21局での放送と14の配信サービスによる無料配信という革新的な流通戦略も採用し、認知の裾野を拡大した。
この「認知最大化戦略」は他作品にも模倣可能だが、同時に多面展開を成立させる制作力と資金力は容易に再現できない。鬼滅の刃の場合、上質な作品力が映画・地上波・サブスクリプション配信へと波及し、人気度を一気に押し広げたのである。
プロモーション戦略については、ダイドードリンコ社による「鬼滅缶」販売、築地銀だこ、すき家、牛角、くら寿司等の飲食店とのタイアップなど、様々な作品外の接点が継続的な話題を促し、支持を“行動”へ転換する仕掛けが機能した事例である。漫画、アニメという一次利用だけでなく、グッズ、ゲーム、アパレルなど、二次利用から大きな経済効果を生み出している。また、流行語大賞でも『鬼滅の刃』関連語が選出され、「全集中の呼吸」などが公共圏の言語にまで浸透。言葉が日常生活にも影響を及ぼし、鬼滅の刃を見たことがない層を巻き込むシェア拡散が起きやすくなっていた。背景には、アニプレックス・集英社・ufotableの3社のみで構成された製作委員会による迅速な意思決定がある。他作品のアニメや映画の製作に参画する企業平均数が5〜10社規模が多い中、この“少数精鋭”体制が思い切った宣伝戦略を可能にした。また、アニプレックスが既にスマホゲーム運営等で培った「継続施策・ファン維持」のノウハウを持っており、鬼滅の刃でも商品展開やコラボレーション企画を推進する話題継続戦略を積極的に用いた。このスピード感と統制力は、他作品には真似しにくい鬼滅の刃の強みといえる。これらの設計により鬼滅の刃の経済圏は1兆円超とされており、前例のない規模で人気が広がり続けている。
以上2点を“数字”で裏づける。出版では、2020年のオリコン年間コミック作品別ランキングで期間内推定売上部数8234万部という突出(2位の約8.2百万部に対し桁違いの差)を記録し、同年はBOOK総合・コミック同時1位という史上初の現象に。つまり紙の市場でも例外値を叩き出した。さらに、連載完結後の現在も人気は持続し、2025年時点で全世界累計発行部数は2億2000万部に到達。完結=収束ではなく、完結後も人気が継続していることが、出版社側発信でも確認できる。
ここまでの事実を踏まえ、人気の構造をまとめると、次のように整理できる。
- コンテンツ自体の要因:普遍的な倫理感(家族・献身・弔い)×現代性(弱さの肯定、対話)という価値観の共感が世代・性別を超えた広がりを可能にし、新たな層を取り込む参入障壁が低い構造を設計した。
- 戦略の要因:供給・流通・プロモーションの三層戦略によるメディアを横断した高品質体験と波状的な話題性、日常に入り込むブランド化を確立した。
結論、鬼滅の刃の人気は、共感を核としたコンテンツ自体の要因と、三層構造の外的戦略が相互補完した結果である。そのヒット構造を他作品が模倣することは容易ではないが、「共感を生む物語を最適な形で届ける」という原則は、あらゆるコンテンツに応用可能な設計である。出版数は年間8234万部という数値、映像では映画が歴代興収1位・アニメの地上波視聴率21.4%、音楽ではレコード大賞受賞、生活文化内では流行語大賞ノミネートという結果が、人気の高さとその持続性を証明した。言い換えれば鬼滅の刃は、「物語や普及のための計画が戦略的に設計され、人々に届けられ続けると、文化は世代を超えて広がり続ける」という、コンテンツの人気度を高めるための構造のひとつを示したのである。
シャオリン
※引用元
・CINEMAランキング通信/興行通信社
https://www.kogyotsushin.com/archives/alltime/
・【LINEリサーチ活用事例】ランキング調査(鬼滅の刃編)
https://www.lycbiz.com/jp/column/line-research/research/litecase2/
・2020年度 オリコン年間“本”ランキング【コミック作品別】TOP10
https://music.orimyu.com/php/special/Special.php?pcd=book_nenkan20_work&site=book
・テレビ放送の「鬼滅」映画、世帯視聴率は21・4%/読売新聞https://www.yomiuri.co.jp/culture/20210927-OYT1T50067/
・フジ『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』世帯視聴率21.4%/ORICONNEWS
https://www.oricon.co.jp/news/2208287/full/?utm_source=chatgpt.com
・『鬼滅の刃』はアニメ流通のパラダイム・シフトを起こした。いまアニメ業界に起きている変化とは?/BUSINESS INSIDER
https://www.businessinsider.jp/article/256393/
・【完全解明】鬼滅の刃の驚異的経済効果を数字で徹底分析!1兆円経済圏の全貌と産業への影響/クマとトリBlog
https://www.kengomon.com/kimetsu-economics-effect/
・『鬼滅の刃』累計2.2億部突破!4年半で+7000万部 集英社「連載終了後も圧倒的な人気」/ ORICONNEWS
https://www.oricon.co.jp/news/2396070/full/?utm_source=chatgpt.com