2008.08.28
日本相撲協会に求められる再発防止策検討の視点
先日、現役幕内力士の大麻所持容疑による逮捕という、非常にショッキングな事件があった。残念ながらここ2~3年、角界で事件が続いている。今回は日本相撲協会の再発防止策の検討について考えてみたい。 この事件は6月に財布を落としたことに始まる。交番に届けられた財布から大麻が見つかり、8月中旬逮捕となった。初のロシア人力士である彼は、初土俵からわずか2年での新入幕という若手のホープだった。しかし一方では素行の悪さがマスコミから指摘されており、その品格には大きな問題があった。本来、関取は結婚するまでは相撲部屋で暮らすことがルールとなっているが、彼は相撲部屋の個室とは別にマンションを借りていた。師匠である親方は、マンションを借りていることはもちろん、大麻使用に至ってはまったく知らなかったと述べており、自らの監督不行き届きについて謝罪、理事職を辞した。日本相撲協会は、今回の事件を受け、力士を解雇処分とし、親方については理事職辞任を承認した。協会は再発防止検討委員会を8月29日に開き、具体的な再発防止策を検討することになっている。 今回逮捕された力士がいた部屋は、不幸にも数年前におかみさんが亡くなり、親方自身も昨年の脳出血の影響でリハビリが必要な状況であり、さらに部屋付の親方も他の部屋に移籍し不在だった。これらの情報から、力士への指導が手薄になっていることは容易に想像できる。逮捕された力士は、部屋の個室でも大麻を吸引していたが、寝食を共にしている親方はそのことに気付いていない。これで部屋の運営に不安を抱かないほうがどうかしている。 この現実だけを捉えるとこの部屋の問題だけであるように見えるが、ここ数年起こっている事件・事故や親方に許可を取らずに力士が勝手に行動しているところを見ると、他の部屋でも力士に対する教育がうまく機能していないと考えられる。 OJTがうまく機能しなくなってきた理由はいくつか考えられる。まず、教えられる側である力士の価値観・考え方の変化・多様化したことである。ゲーム世代、ゆとり世代、そして文化そのものが違う外国人が増えたことで、臨機応変に指導の方法を変えていく必要があるが、その変化に指導する側(とりわけ中心である親方)がついていけないのだろう。 今回、再発防止検討委員会のメンバーである理事の何人かは、マニュアルの整備や外国人向け特別講義を行うなどの対応を口にしているが、これは知識を詰め込むための対応である。人というのは知識を身につけたからと言って、正しい行動がとれるようになるわけではない。実際、大麻を使用していた力士も、大麻使用は許されないということは十分認識しており、知識はあったわけである。 そのためには親方の指導力の向上は欠かせないが、同時に日本相撲協会が各部屋でのOJTの在り方・状況をしっかりとモニタリングし、必要に応じ適切なタイミングで介入・フォローできる仕組みを整えることが必要だ。そのためには、何よりまずは協会の理事たちの意識を変える必要がある。大麻事件のあった部屋の運営を不安視する声がなかったということからすると、今の状態でも機能すると判断したということであり、理事たちの問題に対する意識・認識には多いに問題がある。理事たちが問題の本質をしっかりと受け止め、親方の指導力と力士たちの現状を見極め、問題があれば指摘と改善を促進するという、自らの存在意義を再確認する必要がある。 国技である大相撲が永続的に繁栄していくためには、出身国などの出自の違いにかかわらず才能のある若者のために広く門戸を開き、彼らを「力士」というプロフェッショナルに育成する仕組みを維持し、技と力をぶつけ合う格闘技の醍醐味を提供し続けることが必要である。彼らが持つ「天賦の才」も、その「活かし方」を正しく教えられなければ道を誤る。環境を与え、才の活かし方を教えるのは、もちろん師匠である親方を中心とした各部屋であるが、同時に親方を指導する日本相撲協会の役割でもある。 日本相撲協会の目的は、「我が国固有の国技である相撲道を研究し、相撲の技術を練磨、その指導普及を図るとともに、これに必要な施設を運営しながら、相撲道の維持発展と国民の心身の向上に寄与すること」にある(日本相撲協会HPより抜粋)。
今回の件で最も気になるのが、日本相撲協会の当問題に対する認識である。報道によると処分を決める臨時理事会では、親方の当力士への監督責任についての問題認識が中心で、部屋の運営に対して不安視する声はほとんど出なかったということである。本当に当親方の部屋の運営に不安はないのか?また、本当に「再発」を防止する策がとられるのだろうか?
力士の教育・育成の中心は各相撲部屋である。そこでは親方・おかみさん・兄弟子が、稽古を通じて相撲の技と体力を、日常生活を通じて力士としての意識や態度・作法を若手に教える。昔から続けられているこのシステムは、ビジネスに当てはめて考えると、職務を通じて社員の知識・スキルと意識をトレーニングする、まさに「OJT」である。そしてそのOJTが徐々に崩壊しているのである。
また、指導する側の指導力の不足も考えられる。指導する側と指導される側との信頼関係の問題もある。親方の現役時代は力士として大きな功績があっただろうが、それだけで弟子から尊敬や信頼を集められるとは限らない。指導する側と指導される側との間に信頼関係がない中では、指導の効果は極めて限られてくる。さらに指導される側との相性も重要な要素だ。いずれにしても、これまでの各部屋への丸投げの力士育成の仕組みは、親方の個人の能力に依存していることが多く、今の時代にはうまく機能しない点も多いということではないか。
一般的な常識や知識を教える集中講義のような仕組みも必要だが、それ以上に重要なのは、相手の状況・状態を十分に見極めた上でタイムリーかつ徹底的に指導できる、現場でのOJTである。今回の事件の再発防止策として日本相撲協会が考えるべきことは、従来は機能していた各部屋でのOJTを、時代にあった内容に改善し、相撲部屋を相撲道の担い手として必要な技術と精神を育むための最前線として機能させることである。
重要なのは、日本相撲協会の理事の面々が今回の事件とここ数年頻発している事件についてしっかりと向き合い、再発しないようにするために何をすべきかを十分に考え、その上で対策を検討し、再発防止策が確実になされる体制を再構築することである。
そのためには、協会を構成している理事一人ひとりが、力士の物の見方・考え方や価値観の変化、彼らを取り巻く環境と、部屋の指導状況といった現実にしっかりと向き合うことが必要である。しかし、今の日本相撲協会は従来のやり方を変えられないように見える。自分たちで変えられないのであれば、もっと積極的に外部の指摘を受ける機会を増やしてはどうか。
以前、ある老舗和菓子店の職人が、「時代に合わせてやり方を変えることが伝統を守ること」といった趣旨の発言をしていた。日本相撲協会も、時代に合わせた方法で相撲道を維持発展させてほしい。
泰然自若